引退王の結婚~赤面令嬢は獅子王の傷を癒やす~

引退王の結婚~赤面令嬢は獅子王の傷を癒やす~

  • 発売日2025.10.31
  • 価格¥792(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

その顔を知っているのは俺だけだな?

誰かに褒められると真っ赤になってしまうシエナは、恥ずかしさのあまり屋敷に引きこもり、人前では扇子で顔を隠していた。ところがそのせいで「超弩級の美女らしい」と妙な噂が立ってしまう。そんな折、退位したばかりの元国王グレンとの縁談が舞い込み、青ざめるシエナ。だが彼は、社交界デビュー前に屋敷の庭で共に踊った“初恋の人”だった――!? シエナの分かりやすい赤面っぷりを面白がったグレンにより縁談は進み、二人は結婚。甘い新婚生活が始まる……と思いきや、なぜか彼は抱いてくれなくて――?
包容力たっぷりの36歳引退王と、赤面体質な努力家令嬢。極上のじれ甘年の差ラブ!

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人物紹介

シエナ

伯爵家の令嬢。社交界デビュー前に、苦手なダンスの練習をしていたところ偶然グレンと出会う。当時は彼のことを一般の兵士だと勘違いしていた。

グレン

獅子王という名で愛された元国王。王位を弟に譲り、36歳という若さで隠居生活をしている。シエナの赤面顔が大のお気に入り。

試し読み

「り――」
 立派。
 突然の直球の褒め言葉を、シエナは聞こえなかった、と思おうとした。赤面しないよう、やり過ごそうとしたのだ。しかし、できなかった。
 なにせグレンは、長年再会を夢見た初恋の人なのだ。
 そんな人に褒められたら、平常心ではいられない。
「……っ」
「お、お嬢さまっ」
 レネがソファの後ろから、素早く扇子を差し出してくれる。顔なら晒したのだから、もう隠してもいいと思ったのだろう。だが、手が震えていて受け取れなかった。
 ――もう、我慢できない。
 シエナはカッ! と完熟トマトよろしく上気する。
 苦し紛れに両手で顔を覆ったが、耳や額までは隠せなかった。どうしよう。こんなの絶対にみっともない。恥ずかしい。グレンに、嫌われてしまう。焦りすぎて混乱して、呼吸まで荒くなってくる。
 シエナの異変に、気づいているのかいないのか――。
 グレンは、追い打ちをかけるように言った。
「普通の結婚は望めないと言ったが、どうしてだ? おまえほど心掛けが立派で、真面目で、他者への慈愛に満ちた娘はそうそうおるまい」
「そんなこと……っ」
「それに、見た目だって別にちんちくりんなどではないだろう。俺は美女について詳しくはないが、おまえは評判になるだけのことはあると思う。今ならば、家庭教師も華がないなどとは言うまい?」
 なんという称賛の雨だろう。
 背中にも額にも、一気に汗が噴き出してくる。暑い。つらい。すぐさまここから逃げ出したい。しかしいつの間にか腰が抜けていたらしく、動けない。
 そうしてうつむいたまま、シエナは思い出した。
 彼が、褒めるのが好きだと言っていたこと――。
「っ……殿下は、今でも獅子王の名にふさわしく、愛情深い主君であらせられますのね。わたしのような変わり者を、その気もないのにかようにお褒めくださるなんて!」
 つい、刺々しい言葉が口をついて出る。
 こんなこと、言いたいわけじゃない。でも、止められない。いつもこうだ。どうにかしたいと思えば思うほど、シエナは鼻につく態度を取って墓穴を掘ってしまう。
 詫びに来たのに、これでは逆効果だとわかっている。グレンのことだって、悪く言いたくなんてない。それなのに。
(どうしていつもこうなってしまうの。恥ずかしい、消えたい、こんな自分、大嫌い――)
 涙ぐんで下唇を噛めば、グレンの「うん、まあ」という気楽そうな声が聞こえた。
「変わり者は、おまえではなく俺のほうだと思うが。特に王族の中では」
 なあ、と同意を求めた相手は、ヘイゼルだろう。ええそうですねと、少し冷めた返答があった。
 怒らない……のだろうか。
「それに、変わっていようがいなかろうが、素晴らしいものは素晴らしい、でよくないか? そんなに己を卑下する必要はないだろう」
 そんなふうに言ってもらえるなんて、思ってもみなかった。
 こんなことは初めてだ。
 これまで、お見合いの席で同じような態度をとってしまったとき、失礼だと憤慨されるのがお決まりだった。
「ひ、卑下だなんて。わたしは事実を申し上げたまでで……」
「事実? だったら、確認してみよう」
 言って、グレンは前屈みになったらしい。
 衣擦れの音でなんとなくそんな気配を感じたが、シエナは動けなかった。顎に手をあてがわれ、くっと上を向かされてもだ。
「手を退けてごらん」
 促され、シエナはたじろぐ。
 そんなこと、できっこない。こんな顔を晒せば大爆死は確実だ。
「シエナ」