
狂犬侯爵は訓練士令嬢にしか懐かない
- 発売日2026.01.30
- 価格¥880(税込)
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困ったことがあるなら言えよ。俺が全部ぶっ飛ばしてやるから。
子爵令嬢でありながら、犬の訓練士を目指すセレスティーヌ。ある日のこと、侯爵家から貧民窟育ちで手のつけられない「狂犬」少年ゲレオンが預けられる。彼の純真さと不器用な優しさに触れたセレスティーヌは、気づけば世話を焼くのが当たり前になっていた。すると、誰の言うことも聞かなかった彼が、なぜか彼女にだけは素直に従うようになり……。やがて侯爵位を継ぎ、立派な貴族へと成長したゲレオンは、年頃の令嬢たちの間で話題の存在に。将来を思えば距離を取るべきなのに、相変わらず彼はセレスティーヌにべったりで……。そんな中、彼女の結婚話を知ったゲレオンが大暴走!?
セレスティーヌはまだ、一途すぎる「忠犬」の愛が、想像以上に激重なのを知らないのだった……。
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人物紹介

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セレスティーヌ
父が軍人引退後に犬の訓練士となったため、幼い頃から多くの犬に囲まれて育つ。ゲレオンのことは、大切な家族だと思っていたが、共に過ごすうちに次第に別の感情も芽生え始める。先代当主の決めた婚約者がいるが、彼はセレスティーヌが訓練士を目指すことに良い顔をしていない。

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ゲレオン
侯爵の庶子。後継者が他にいなかったため、貧民窟から強引に引き取られた。粗暴で手のつけられない子供だったが、セレスティーヌと共に育つうちに矯正され、立派な貴族に。セレスティーヌのことが大好きで、将来は当然結婚するものだと思っている。が、その考えを本人に確認したことはない。
試し読み
「ゲレオン? どうしたの、こんな時間に」
ゲレオンは部屋に入ってきたものの、どこかモジモジしていてセレスティーヌと目を合わさない。いつも無遠慮に堂々としている彼らしからぬ様子だ。驚いたセレスティーヌは昼間彼を避けていたことも忘れ、目をしばたたくだけだった。
やがてゲレオンは意を決したようにセレスティーヌに顔を向けると、大股でベッドへ近づいてきた。そして顎を上げ口角を上げ、偉そうな笑みを浮かべて言った。
「セレスティーヌ。今まで黙ってたけど、俺は女を抱かないとよく眠れねえんだ」
「……は?」
セレスティーヌの目は点になった。この大型ワンコは偉そうに突然何を言いだすのか。
「だから今夜からお前を抱いて寝る! わかったな!」
「は、はぁ!?」
ゲレオンは早口でそう告げると、なんと布団を捲りベッドに強引に潜り込んできた。
あまりにも予想外の出来事にセレスティーヌは目を白黒させ混乱した。昼間にゲレオンが言っていた言葉を思い出し、ハッとして背筋が冷たくなる。
(まさか、乱暴するつもり!?)
ゲレオンのことは可愛い弟のように思っているが、加害されるかもしれないとなれば恐怖を感じて当然だ。セレスティーヌもバルベ子爵も屋敷の者たちも、ゲレオンはセレスティーヌにだけは害をなさないと思い込んでいた。彼女を慕う様子があまりにも従順で健気でさえあったからだ。
しかしそれは大間違いだったのかもしれないと思い、青ざめたセレスティーヌは激しく動揺する。逃げだすべきかコマンドを出すべきか迷っていると――ゲレオンは襲いかかってくるのではなく、セレスティーヌの隣に寝そべり、彼女の腰に腕を回してギュッと抱きついてきた。
「お前も早く横になれよ、寒いだろ」
「ん? んん?」
思っていた展開と違って、セレスティーヌは再び混乱する。ゲレオンはしがみつくように抱きつきながら、何かをねだる子犬のようにセレスティーヌを見上げていた。
「待ってゲレオン。あなた何を……」
小首を傾げて問いかけると、ゲレオンは「だからお前を抱いて寝るんだよ」と返した。
「俺が犬しか抱いて寝てないと思うなよ。町では女だって抱いて寝たことがあるんだぜ。だからお前も抱いて寝てやる、そうすればお前は俺の女だ」
「んんんん?」
何か齟齬がある、とセレスティーヌは思った。少し考えてどうやら“抱く”という言葉の捉え方が、互いに違うことに気づいた。
(ゲレオンの言う『抱く』って、抱きしめるってことなのかしら)
ゲレオンは相変わらずセレスティーヌにしがみついているだけで、押し倒そうとも服を脱がそうともしてこない。頬には赤みが差しているが、子犬のように見上げてくる瞳からは男性の欲のようなものは感じられなかった。
試しにセレスティーヌがゲレオンの頭をそっと撫でてみると、彼は嬉しそうにギュッと目を瞑り犬歯を見せて笑った。まるっきり子供の無邪気な笑顔だ。もし彼に尻尾がついていたらブンブン振っているに違いない。
セレスティーヌは少々ハラハラしながらも、ゲレオンの頭を撫でつつ布団に潜り込んで横になる。するとゲレオンはもっと嬉しそうに破顔してセレスティーヌの体に抱きついてきた。
「あったけえ。犬よりあったけえ」
幸福感さえ滲んでいるその声に、セレスティーヌは確信した。ゲレオンはセレスティーヌに抱きついて寝たかっただけなのだと。そのことに、密かに安堵の息を吐く。
(よかった、私の勘違いだったのね)
そう思ったが、よく考えたら勘違いしているのは多分ゲレオンのほうだった。
彼は『女を抱く』という言葉は知っていたのだろう。おそらく治安の悪い町にいたときに、散々耳にした言葉だったのかもしれない。しかし幼かった彼が本当の意味を知ることはなく、『抱く』とは単純に抱きしめることだと解釈したに違いなかった。
(でも、もう女を抱いたことがあるって言ってたわよね?)
ゲレオンと少年たちの会話を思い出して小さく首を傾げたセレスティーヌだったが、あれはきっと見栄を張ったのだと思い至って小さく笑った。もし本当だったら女性に指摘され自分の間違いに気づくはずなのだから。
そもそも、ゲレオンはまだ十三歳だ。しかも九歳のときにバルベ邸にやって来ている。町にいた頃は幼すぎるし、バルベ邸に来てからは女性と逢引きなどできるわけがない。年がら年中セレスティーヌにひっついている彼にいつそんな暇があろうか。
(お友達の前で格好をつけたかったのね)
すっかり安心したセレスティーヌは笑い声を抑えながら、抱きついてくるゲレオンの背中をポンポンと撫でる。大きな彼の背中は逞しいけれど安心するようなぬくもりが感じられ、スプリンガースパニエルのイラザを抱きしめたときと似ていた。
寝室の暖炉は薪を燃やし尽くし、だんだんと部屋の温度が下がっていく。けれどゲレオンの体は心地よい温かさで、セレスティーヌはうつらうつらと瞼が重くなってきた。
(……あら? このまま寝ちゃっていいのかしら? 変なことはされなかったけど、男女がひとつのベッドで寝るのって……)
ふとそんな疑問がよぎるが、意識はもう半分夢の中だ。ゲレオンは大切そうにセレスティーヌを抱きしめたまま、すでにぐうぐうとイビキをかいている。
「ゲレオン、やっぱり部屋に帰って……」
言いながらセレスティーヌは睡魔に負け、そのままぐっすりと眠ってしまった。
