たとえ恨まれていても、わたしはあなたが大好きです!
- 発売日2023.09.29
- 価格¥836(税込)
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憎みながら、恨みながら、本当はおまえを……。
国王の異母弟クルトが幽閉されている城に世話係として送り込まれたロサ。元婚約者のクルトは、常に無表情なロサの心を分かってくれた人。ロサは今も世界の誰より彼を愛していた。けれどロサはクルトを裏切り、幽閉に追いやった張本人。公明正大で優しかった彼は、裏切りをきっかけに人を寄せ付けなくなっていた。それでもずっと彼に会いたかったロサは、彼を執拗に追い回し、かいがいしく世話をする。やがてクルトは徐々に態度を軟化させていくが、その矢先、ある事件が起こり――!? さらには過去のロサの裏切りの理由を知って……。
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人物紹介
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ロサ(ロザライン)
表情がほとんど動かないため、冷たい人だと思われがち。実は命懸けでクルトに会いにきているのだが、そんなことより、推し(大好きなクルト)がいれば今日も幸せ。
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クルト(クルスハルト)
現国王の異母弟で元々は王太子だったが、ロサが噓の証言をしたことが原因で、無実の罪で幽閉されている。幽閉後は人を寄せ付けなりロサのことも冷たくあしらうが……。
試し読み
(それがこんなことになるとはな)
先ほど撃ち落とした山鳥を手に、雪道を踏みしめながら考える。クルトは一週間に一、二回の頻度でこうして城の裏山に狩りに出る。
城に戻る道を歩いていると、帰りを待ち伏せるようにロサが一人で上ってきた。ハァハァと息を乱し、おぼつかない足取りである。
厚手の外套を身に着けているとはいえ、足元は普通のブーツ。雪に覆われた山道を歩くには不安しかない。
(そんなブーツしか持っていないくせに、よくこんなところまで上ってきたものだ。それだけ必死なのだろうが……)
あれから三年たつ。昔から気の多いネヴィルは、そろそろロサに飽きたのだろう。
彼女にとっては予定外だったはずだ。良からぬ企みに手を貸して恩を着せ、王妃の座に収まれると思いきや、こうも早々にお払い箱にされるとは。
よって今になって、罠にはめて追い払ったクルトとよりを戻しに来たか。あるいは新たな恩を作るため、ネヴィルから何らかの密命を請け負ってきたか。
(あの秘密が漏れたとは思えないが、何事にも絶対はないからな……)
クルトは改めて己の警戒を引き締める。
ロサは三年間ずっと各地を転々としていたなどと言っていたが、十中八九適当な嘘だろう。それらしい話は、旅行記を読んで学んだことでも並べたにちがいない。
何にせよ、彼女は再びクルトの心を奪いに来た。それに関しては疑いようがない。
(バカにされたものだ)
あれだけのことをしておいて、今さらよりを戻せるなどと本気で思っているのか。
冷ややかに見据えるクルトの前で、ロサはいつもの無表情で言う。
「ここに来て三週間になりますが、まだ誰にも城外を案内していただいておりません。どうか散歩がてらお付き合い願えませんか?」
「――――……」
図々しい要求を、もちろんクルトは無視して進んだ。
しかしロサはひるむどころか、菫色の瞳を情熱的に輝かせて見つめてくる。
「山の中にあるにもかかわらず、この城の敷地は厳しく定められていて、境界の外では狩猟や採取にも制限があるのでしょう? きちんと把握しておかなければ、知らずに規則を破って近隣の村人たちに迷惑をかけることがあるやもしれません」
下手くそな口実だ。そんなに俺と二人きりで歩きたいか。
(誰のせいでこんな山奥で制限だらけの暮らしを強いられるはめになったと思っているんだこの恥知らず!!)
心の中で盛大に罵倒する。だが山よりも高いプライドゆえ口から出ることはない。
その代わり怒りを込めて睨み据え――そして今度は自然現象を罵倒する羽目になった。
(くそ! くそ! なぜだ! なぜ……雪景色の中で見る彼女はいつもより美しいんだ……!!)
淡く白い光の反射により、今日のロサはいつにも増して輝いて見えた。
元々白い肌はますます白く、艶やかなブルネットの頭頂部にはリアルに天使の輪ができている。生意気を言うくちびるは憎らしいほどに瑞々しい桜色で、いかにも清楚な面差しに比して、胸はしっかりとふくらんでいる。
三年ぶりに会う彼女は、しっとりと大人びて以前よりも美しくなった。おまけに、まるで聖女のように清らかに見える。
(否! 雪だ! すべて雪のせいだ!!)
清らかなどとんでもない。中身は打算と欲望で腐りきっている。
内心舌打ちをしつつ、クルトは低い声で凄んだ。
「おまえに許したのは、城の中で雑用をこなすことだけだ。城の外をうろうろするな」
(そう。あまり雪の中をウロウロしてその美しい顔を俺に見せて血迷わせるな。そして他の男にも見せるな。年頃の娘ならば少しは警戒心を持て)
一片の容赦もなく冷たく突っぱねたはずだ。大の男ですらすくみ上がるほど。
にもかかわらず彼女は、ぱぁっと瞳を輝かせた。
鋼の無表情だが、一度は婚約までした仲だ。見ればわかる。
(なぜだ!?!?!?)
冷たく拒絶され、なぜそこまで喜べるのか。理解できない。
だがロサはそれからもあれこれと屁理屈をこねて、クルトに案内を了承させた。彼女とこれ以上話をして胸が騒ぐのを避けたかったため、折れざるをえなかったというのが正しい。
歩き出してしばらくすると、背後でハァハァと息遣いが聞こえてきた。
温室育ちの貴族の令嬢だ。足場の悪い場所での山歩きはつらかろう。ねらい通り二人きりになったというのに、話のひとつもできないことに失望しているのではないか。
(知ったことか)
嫌なら出て行けばいい。ネヴィルがあてにならないからといって俺に乗り換えようなど、ふてぶてしいにもほどがある。
(ネヴィルの無能さは、こんな山奥まで聞こえてくるほどだものな……)
ネヴィルは気に入った貴族ばかりを高く取り立て、自分を批判する者は厳しく処罰するため、大部分の貴族には快く思われていないらしい。それどころか過度の浪費や、実績作りのためだけの不必要な遠征による膨大な戦費を調達すべく増税をくり返し、民衆の中でも反発が強まっているという。
沈みつつある泥船から降りることを選んだのなら、彼女の嗅覚は確かだ……。
ついそう考えてしまい首を振る。ロサのことなどどうでもいい。
その瞬間、後ろで小さな悲鳴が上がった。ロサが足を滑らせたのだ。
「――――……っ」
クルトはとっさに腕をのばし、細い身体をかろうじて抱き止めた。
否――細く見えたのは錯覚だった。
腕から伝わってくる柔らかい肉の感触と、ふわりと鼻腔をくすぐる花のような体臭に眩暈がした。思わず大きく深呼吸してしまいそうになる自分を理性の力で抑えつけ、舌打ちをする。
「クソッ!」