婚約者面する闇落ち魔王が私のスローライフを邪魔してきます!(1)

婚約者面する闇落ち魔王が私のスローライフを邪魔してきます!(1)

  • 発売日2023.10.27
  • 価格¥792(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

3437年待った。……さあ、初夜を始めようか。

うさぎ獣人として異世界に転生したアリーゼは、立場の弱い獣人なのに聖力という珍しい癒やしの力を持つために、ひとり過酷な労働を強いられていた。過労死した前世の二の舞はごめんだと、自分をこき使う正教国から逃げ出し、魔族の国との国境の町で出会った獣人の孤児たちと生活をすることに。アリーゼはそこで診療所を開いて日銭を稼ぎつつ、家ではもふもふ獣人の子供たちに癒やされ、幸せな日々を送っていたのだが――。診療所に、全く治療の必要がない俺様チート魔王がやってきて、「××の腫れを治せ」と強引に迫ってきて――!?

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人物紹介

アリーゼ

前世で過労死してうさぎ獣人として異世界に転生するが、今世でも過酷な労働を強いられていた。出奔に成功し、かわいい獣人の子たちとのんびり過ごす予定だったが……。

魔王

3000年以上を生きるチート魔王。ステータスの上限がなく、もはや勇者も太刀打ちできないレベルに達しており、神が困っている。なぜかアリーゼに異様な執着心を見せるが……。

試し読み

「失礼ながら、あなたには治癒の必要性を感じないのですが……」
 出来るだけ丁寧な言葉遣いを努めながら、心のなかで一刻も早い魔王の退出を祈る。
 完全自動治癒のスキルを持っているのだから、治療の必要などないはずだ。そもそもチート魔王を病にできるぐらい強力な病原菌が存在したら、すでに万物は死に絶えている。
「患者を選り好みするのか?」
 不愉快そうにギロリと睨みつけられ、身体が竦みあがった。
「いえ、そんな……」
 ポーズだけでも診療しないことには納得してくれそうにない。
(薬を渡してとっとと帰ってもらおう)
 仕方なく診療するふりをして、カルテに書き込みながら、ありったけの神聖力を薬に閉じ込めた。いつもは聖力持ちと気づかれないように、薬を複数に分けるが、今回は一粒に集約させる。
 四肢をすべて欠損して瀕死になったとしても、完全回復するほどの代物だ。
 正教国での経験から考えても、この薬で治らない病気や怪我はないと断言できる。
「このお薬を、コップ一杯の水とともにお飲みいただけますか?」
 薬を茶色い小袋に入れて差し出すが、相手は受け取ろうとしなかった。
「俺に、なにを盛るつもりだ」
 微かに眉根を寄せる姿は見惚れるほど麗しいが、アリーゼには厄介ごとの種にしか思えない。
「ただの治療薬ですが?」
 だから、とっとと受け取って帰って欲しい。心からそう願う。
「直接診てくれないのか? 大聖女」
 不服そうに返される声に、逆に困惑してしまう。
「は? なに言って……。私は、しがない薬草師。症状にあった薬を渡すだけよ」
 困惑のあまり、仕事用の敬語が崩れる。魔王であろうと迷惑な相手を敬う必要はない……と、そのまま素で話すことにした。
 大聖女とは、正教国にいる貴族出身の聖力持ちのことだ。噂では治癒能力は恐ろしく高いらしい。
「聖力を超えた神聖力を行使しておいて、なにを言っている。薬など必要ないだろ」
 確かにアリーゼの能力は、神聖力まで届いたのは確かだ。
「私は確かに元見習い聖女で聖力を使いますが、能力が低いらしいですよ」
 そのせいで、毎日のように枯渇しては倒れていた。
「以前からこの辺りでものすごい神聖力を感じるようになってな。面倒だが確認に来たんだが。……もっと早く見に来るべきだったようだ」
「魔族に歯向かうつもりなんてないわ。静かに暮らしたいだけ」
 もしかして、聖力持ちは目障りなのだろうか。
 アリーゼにも、魔物を狩れる力は多少あるが、魔王など相手にできるはずもない。
 この男と敵対すれば、死あるのみだ。
「俺が、反乱分子の心配をするように見えるか?」
(ええ。そんな必要、まったくないでしょうね!)
 魔王からすれば、アリーゼなど蟻も同然だろう。
「じゃあ、なにしに来たの?」
 気が済んだのなら帰って欲しかった。今、すぐに。
「物見遊山だな。暇つぶしだ」
(暇をつぶしに来て、人の肝をつぶさないで欲しい……)
「私はここで治療しているだけで、別に面白くもなんともないはずだけど」
 初めて彼を目にしたときからずっと、なにかが足元に忍び寄ってきているような、落ち着かなさを感じている。
 猛獣が、獲物に狙いを定めて、じりじりと近づいてくる。そんな不安に似ている。
「……さっき広場で、お前を見かけたんだが……」
 やはり魔王には幻惑魔法は効かないらしい。
「神聖力の高さよりも、ひとつ気になることがあってな」
「な、なにか、気に障った?」
 魔王に目をつけられるなんて、冗談ではなかった。ビクビクと窺い見るが、彼は神妙な顔つきで見つめてくるばかりだ。少し視線がずれているのは、鑑定魔法を使っているせいかもしれない。
「やはりそうか……間違いない」
 すべて得心がいった様子で、魔王は満足そうに頷くと、指を軽く動かす。
 すると彼の指先から、黒い靄がとぐろを巻く蛇のように、こちらに向かって伸びてきた。
「ひっ。……なに、これ」
 黒い靄は、細い手首に巻き付こうとしてくる。だが、肌に触れる寸前、淡い光が肌の内側から放たれ、空気に溶け込むように散ってしまった。
(なんだったの?)
 淡い光は収まり、今は普段通りの手首に戻っている。
 深淵のような闇属性の魔力を、神聖力が反射的に祓ったのかもしれない。
 不思議に思いつつも、変なことにならなくてほっとする。
「なるほど。さすがは大聖女。小手先の魔法は通じんようだな」
 本当の大聖女からは、何度もひどい罵倒や理不尽な暴力を受けてきた。
 そんな相手と同じ呼び名を使われることが不愉快でならない。
「違うって言っているのに」
 魔王は、大聖女に会ったことがないのだろう。だから、聖力持ちというだけで、誤解して絡んでくるのかもしれない。
「確かに私は聖力を持って生まれたせいで、見習い聖女をさせられていた。だけど……、嫌になって逃げてきたの。正教会とは二度と関わりたくない。むしろ、聖女なんて言葉を聞くだけで、虫唾が走るぐらいで……」
 すると、今度は黒い靄ではなく魔王自身の手が伸びてきて、アリーゼの手首を掴む。
 大きく節くれだった男性の手だ。触れられた瞬間、アリーゼの肌がぞわりと痺れる。
(な、なに……)
 ゆっくりと全身を巡る遅行性の毒でも仕込まれたような、不思議な感覚だった。
 とっさに手を振り払おうとするが、動かすことができない。
「わかった。ただの薬草師だと言い張りたいんだな」
「言い張るもなにも、嘘なんて言ってない」
 魔王には聖力量を見るすべがあるようだった。アリーゼが聖力持ちであることは隠しようがない。だが、聖女とは関係ない立場としてここにいるのだと主張したかった。
 魔王に目障りだと思われても、二度とあんな地獄のような日々に戻りたくない。
「お前がどう名乗ろうと関係ない。人を癒やすのが仕事なら、俺を診てくれてもいいだろう」
 確かにアリーゼの仕事は治療だが、この魔王を診る必要性があるのだろうか。
「だから、治療用に薬を渡したでしょう」
 力強く手を引かれ、魔王の下肢の中心に掌を押し付けられる。
「聖女だったなら、正教国では直に治癒していたんだろ。……差別するなよ。しっかり患部を診てくれ。ほら、こんなに腫れあがってる」
 彼が下肢に纏っている黒革のパンタローネの中心が、硬く盛り上がっていた。
「ひっ」
 隆起した膨らみを包み込ませるように握らされ、アリーゼは火を噴きそうなほど頭に血がのぼる。
「嫁入り前の女性にどこを触らせているの!? ばかぁっ!」