不吉の象徴と恐れられる騎士を拾ったら幸せになりました
- 発売日2024.02.23
- 価格¥858(税込)
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僕の幸せはあなたとともにあることです。
屋敷近くの森で、大怪我をして倒れている青年・ユーインを助けたミア。彼は、この国では不吉の象徴として忌避される、黒髪に金色の瞳を持っていた。だがミアにとっては、この世で一番大好きな狼・アドルフと同じ色で好印象。さらには、裏表がなく純粋で優しい彼の心を知るにつれ、急速に惹かれていく。一方ユーインも、自分を恐れるどころか、甲斐甲斐しく世話を焼き、初めて人の温もりを教えてくれたミアに好意を抱くようになる。しかしこの出会いは、ミアや彼女の祖父が持つ、ある特殊な能力を求める人物に仕組まれたもので――!?
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人物紹介
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ミア
貴族令嬢だが、ある特殊能力があるため、街から離れた森の屋敷で祖父のオスカーや狼のアドルフと共に令嬢らしからぬ生活をしている。ユーインを見たとき、アドルフが人になったと勘違いして一人で盛り上がってしまった。
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ユーイン
騎士団に所属しているが、ほぼ裏の仕事を担当。人との戦闘では最強と言われるが、動物が相手だと手が出せない。人扱いされてこなかったので、ミアの対応に最初は戸惑いつつも、人としての幸せを知っていく。
試し読み
「ミア、そろそろ僕も薪割りを覚えたいと思うのですが……」
無心で薪割りをしていたミアに、ユーインが羨ましそうな感情を滲ませて声をかけてくる。
怪我をしたユーインを見つけてから、一ヶ月が経った。
二週間くらいで歩き回れるまでに回復したユーインは、それからさらに二週間ほどで上半身を問題なく動かせるようになっていた。
その間、ミアはユーインに付きっきりだった。
ミアはユーインの助言のおかげでアドルフ欲の我慢を覚えた。そしてその分の熱量をユーインに使っているといっても過言ではない。
ミアは今、アドルフへの有り余る愛をユーインで昇華させているのである。それはもう雛鳥を育てる母親のような甲斐甲斐しさだ。
世話を焼いている間、ぽつぽつと彼のことも教えてもらった。ユーインは今年で二十歳になったと言っていた。ミアは小柄で幼く見えても十八歳だ。自分より年下の女に子供のように扱われるのは嫌かもしれないが、食事や着替えの補助など、ユーインはおとなしく受け入れてくれている。
ミアの過剰なほどの構いたがりを、彼は戸惑いながらも許してくれるのだ。ユーインの寛容さは本当に素晴らしい。
「こんなに構ってもらえるのは初めてです」
そう言って照れたように頬を染めた彼がどれだけ可憐だったか、長々と語ってもいいだろうか。
天使のようなユーインへの庇護欲が大爆発したのは言うまでもない。
たまにアドルフ欲の発作が起きるが、必要以上には構わないように我慢できているのはすべてユーインのおかげだった。
手をかければかけた分だけ、ユーインは可愛い反応を見せてくれるのだ。初心、という言葉は彼のためにあるのだと思う。
彼が歩けるようになった時に、ミアは屋敷の中を案内した。とは言っても、貴族の邸宅のようなものではなく、一般住宅より少し大きい程度なので案内はすぐに済んでしまったのだが。
敷地内の隅々まで巡ったのは、これからも不便なくここで暮らしてほしいという思いの表れである。このままここに囲ってしまいたいという邪な気持ちは確かにあった。けれど、あまりにも清らかな彼の心に触れ、その思いは瞬時に浄化された。
掃除や料理や畑仕事などしたことがなかったらしいユーインだが、それからはいろいろと手伝ってくれるようになった。だが、簡単な手伝い以外をミアは許可しなかった。彼はすぐに無理をしようとするからだ。
働かないとここにいる資格がないとでも思っているようで、すぐに何かやりたがる。その度に、ミアは軽い手伝いだけを頼んだ。
それでもミアやオスカーがやっていることを見て学習したユーインは、徐々にできることが増えていき、今では掃除も料理も器用にこなすようになった。
ミアは料理などの繊細な作業より、薪割りが得意だ。無心になれるのも気に入っている。
「ユーイン様には、薪割りはまだ早いです」
きっぱりと断るけれど、彼はミアから斧を取り上げたそうに手をさ迷わせている。
「腕も上がるようになりましたし、ミアよりも僕のほうが力仕事に向いていると……」
「駄目です。完治したと祖父が判断するまで、無理はしないでください。本当なら、部屋でゆっくりしていてほしいんですよ。薪運びだってまだやらなくていいと言っているのに、どうしてユーイン様はそんなに働きたがるのですか?」
先ほどまで、ミアが割った薪をまとめてせっせと運んでいたユーインに、つい唇を尖らせてしまう。
怪我が完治しているわけではないので、重い物は持ってほしくないし、あまり動き回らないでほしいのに、彼は言うことを聞いてくれない。普段は素直なのに、仕事に関しては頑固だ。
「これだけ動けるなら働くのが普通です。体力には自信があります。力仕事は僕に任せて……」
「どれだけ過酷な環境だったんですか。そんな生活はすべて忘れてください。怪我をしたら休む。病気になったら休む。疲れたら休む。ここではそういう生活をしてもらいます」
ユーインの言葉を遮ったミアは、斧を大きく振りかぶり、カコーンッと小気味好い音をたてて薪を割りながら言った。
オスカーは必要最低限の動きで割れるのだが、いかんせんミアは小柄過ぎて体重と力が足りない。くやしいが、ユーインが薪割りをするようになれば、ミアよりも早く終わらせてしまうだろう。
「……もう十分休みましたよ」
ユーインは困ったように眉を寄せた。
「まだまだ足りません。身も心も全快するまで無理をしてはいけません。働かなくてもいいのです。むしろ、働かないで寝ていてください。そのほうが私も安心するので」
ユーインの部屋があるほうを指さしてそう言うと、彼は戸惑ったような、けれど微かな喜びも混ざった複雑な感情を向けてきた。
「働くななんて。そんな普通の人間扱いをされたのは初めてです。……何もしなくて役に立たない僕が、ここにいていいのですか?」
恐る恐る訊いてくるユーインに、ミアは大きく頷く。
「いくらでもいてください。私は、ユーイン様がいてくれると嬉しいです。それに、ユーイン様は普通の人間なのですから、何もしないで休むことも大事です」
裏表がないユーインは、一緒にいてとても癒される。
それに、何か手伝えることはないかと一生懸命に後をついて来る健気な彼を気遣うなというほうが難しい。飼い主から離れたがらない子犬と一緒なのだ。可愛い。とても可愛い。
身体だけでなく、つらい環境で育ってきたらしい彼の心も十分に回復するまでここにいてほしいのだ。
「……ありがとうございます」
嬉しそうなほわほわとした感情を溢れさせるユーインに、ミアは笑みを浮かべた。
彼の表情も感情も大きく変わることはないが、最近はほわほわが多くなっているのでミアまで嬉しくなる。