略奪女の汚名を返上したくて不人気男に嫁いだら、イケメン優良夫だった件

略奪女の汚名を返上したくて不人気男に嫁いだら、イケメン優良夫だった件

  • 発売日2024.03.29
  • 価格¥836(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

貴女の役に立つ夫になりますので、いつかは愛してくださいね。

なぜかパートナーのいる男ばかりを惹きつけてしまうため、『略奪女』と呼ばれているクレア。事実無根の噂に辟易した彼女は、他の令嬢たちから嫉妬されない男性と結婚しようと決意する。そこで、侯爵家の嫡男なのに『変わり者』のため社交界一不人気のユージンに求婚すると……まさかの即OK!? ぼさぼさの長い髪に冴えない格好、はっきりしない喋り方の彼。理想の相手だとホッとするが、クレアの両親の前に姿を現した彼は麗しい外見の堂々とした貴公子だった!? しかもクレアのことを理解し溺愛する様は理想の夫そのもので……。

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

電子書籍購入サイト

  • Amazon
  • Renta
  • dブック
  • honto
  • コミックシーモア
  • eBook japan
  • BookLive
  • Rakuten kobo
  • BOOK WALKER

人物紹介

クレア

伯爵令嬢。勝手に寄ってきて問題を起こす男たちのせいで、不本意なあだ名をつけられ、令嬢たちから目の敵にされている。

ユージン

侯爵家の嫡男であるのに、『変わり者』な外見と言動のせいで令嬢が逃げていき、縁談がまとまらない。けれどその姿をしているのはある理由があって……。

試し読み

 ――聞いてないんですが……っ?
 ユージンがオルコット伯爵家へ挨拶に来てくれた翌日から今日まで、彼は以前の冴えない姿に戻ってくれた。
 おかげでユージンの素顔が周囲に知られることはなく、クレアと婚約した事実が広まっても、嘲笑交じりの祝福が寄せられるだけだったのだが。
 ――どうして今日になって、突然ご尊顔を解放するのよ……っ
 いよいよ教会内へ入場という段になって、クレアは初めて彼が素顔を曝け出していることを知った。
 しかしその時点ではもう、手の打ちようがなかったのだ。まさか仮面をつけさせるわけにもいかない。「さぁどうぞ中へ入ってください」と半ば強引に背中を押され、冷静な表情を取り繕うのが精一杯だった。
 ――眼鏡はどこにいったのっ?
 クレアは傍から見れば落ち着き払っていたかもしれないが、内心動揺と混乱の嵐の真っただ中だった。
 その上ユージンは、純白の花婿衣装が皮肉なほどよく似合っている。いや、似合い過ぎている。どう批判しようと意気込んでも、非の打ち所がない完璧さだ。
 世界中どこを探しても、こんなに秀麗な男性がいるはずがない。オルコット伯爵家を訪れた際よりさらに、本領発揮である。
 そして優雅な所作。彼はもともと綺麗な身のこなしをしていたが、普段の格好が素っ頓狂なせいで見落とされがちだった。
 しかし今日は文句のつけられない出で立ちであり、破壊力抜群の容姿と相まって、極上の美男子としか言いようがない。
 教会内にいた人間は、全員が呆然として主役二人を見守った。
 ――あああ……視線が痛い。これは間違いなく嫉妬の眼差し。あくどい女がとんでもない逸材と結婚すると睨まれているのが分かるわ……!
 おそらくそれはクレアの被害妄想ではなかった。
 ユージンの姿に衝撃を受け、驚きの呪縛が解けると、大半の令嬢たちは苦々しく顔を歪めていたからだ。言わずもがな、猛烈な嫉妬で。
「何よあれ。あの女、ユージン様の素顔を知っていたの?」
「絶対そうよ。卑怯で恥知らずな略奪女らしいわ。私たちにユージン様を取られないよう、わざとおかしな格好をさせていたに違いないわ!」
「まぁあ、何て腹黒いの! お可哀相なユージン様。あんな女の掌で転がされていたのね」
 とんでもない誤解である。だが一度芽吹いた噂の種は、瞬く間に成長していった。本人たちは小声で話しているつもりかもしれないが、会場内にそこそこ響いている。
 当然、クレアの耳にもそれらの囁きは届いていた。
 ――ええっ? 言いがかりも甚だしいわ。だいたい貴女たち、ユージン様に一切関心がなかったじゃないの!
 まさに掌を返すとはこのこと。
 すっかり彼に心を掴まれた様子の令嬢たちは、悪し様にクレアを罵り出した。彼女らの中でクレアは、計略を巡らして純真無垢なユージンを思うがまま翻弄する大悪女になったらしい。先刻まで自分たちが彼を馬鹿にしていたことなど完全に忘れて。
「もう、『略奪女』なんて称号も生温いわね……魔女よ。あれは『略奪の魔女』だわ!」
「怖いわ……たぶん、今日のためにどうでもいい男たちを誘惑して目くらましをしてきたのね……」
 独り歩きする噂話が、雪だるま式に大きくなる。中には「危うく俺も騙されるところだった」などと、ありもしない被害を報告する男が出る始末。
 止める術のないクレアは、心の中で半泣きになった。
 ――私の計画が崩れてゆく……
 最悪だ。見た目一つでここまで評価が裏返るとは恐ろしいもの。所詮人間は見た目なのだな、と虚しい諦念が広がった。
 ――どうせ私は表情が乏しくて冷酷な悪女に見えるわよ……だから当たり前のように『略奪女』なんて評判が定着したのよね。
 やや卑屈な気分になったのも仕方あるまい。
 クレアは胸中で深々と嘆息し、ユージンと腕を組み前だけを見て歩いた。
「……怒っていますか?」
「え」
 小声で横から問われ、つい視線を揺らした。微かな囁きだったので、鳴り響くパイプオルガンの音に掻き消され、クレア以外の耳には届いていないだろう。
 視界の端で彼を窺えば、ユージンは仄かに眉尻を下げていた。
「クレア様を困らせたのなら、申し訳ありません。ですが、約束を破るつもりはありません。今後貴女が無礼な噂の的にならないよう、僕が守ります」
 それならば、今日こそ冴えない格好でクレアに関心がない振りをしてくれたらよかったのに。今日一日クレアを笑い者にすることができれば、大半の令嬢は溜飲が下がったに違いなかった。
 ――それなのに光り輝く素顔を晒しただけじゃなく、何故優しい眼差しで私を見つめてくるの。……それじゃまるで、愛されているのだと勘違いされてしまうじゃない。
 他者だけでなく、クレア自身も思い違いをしそうになる。
 この結婚が利害の一致から生まれた契約ではなく、心が望んだものであるかの如く。
 ――いえ、私はユージン様に『羨まれることのない結婚相手を求めている』なんて失礼な本心を馬鹿正直に打ち明けた女よ。いくら温厚で変わり者の彼だって、そんな計算高く冷たい女に情を抱くはずがないわ。
 あったとしても共犯者や相棒に対する連帯感程度だろう。男女間の愛情とは別物だ。
 惑わされてはいけない。これは言わば、互いが生きやすくなるための契約でしかなかった。
「それでは、誓いのキスを」