私を恨んでいるはずの元婚約者に、なぜか迫られている気がします
- 発売日2024.06.28
- 価格¥880(税込)
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公の場だからこそ、親密アピールすべきだろう?
長い間留学していた元婚約者・ラファエルが帰国すると聞き、狼狽えるマーティナ。ラファエルとは生まれた時からの婚約者で、マーティナは、強くて優しい彼のことが大好きだった。だが約十年前、マーティナのせいで腕に大怪我を負わせ、軍人の家系である彼の将来を奪ってしまい、婚約も破談に。「君の顔を見たくない」と拒絶されて以来、彼に恨まれていると落ち込み続けるマーティナだったが、彼が帰国した今こそ罪を償わなければと奮起する。そんなマーティナにラファエルは、他の令嬢からの盾役としての仮初の婚約を提案してきて……!?
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人物紹介
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マーティナ
伯爵令嬢。ラファエルとは幼馴染みで婚約者同士だったが、マーティナのおてんばがたたり、ラファエルに大怪我をさせてしまう。それ以来ずっと、彼に対して罪悪感を抱えている。
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ラファエル
軍人家系の侯爵家の長男。子どもの頃の大怪我により後継ぎから外されるが、父が急逝したため、幼い弟の代わりに中継ぎで侯爵位を継承。宰相に能力を買われており、次期宰相候補の呼び声が高い。
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「ミモザの香りがするな」
隣を歩いていたラファエルがポツリと言ったので、マーティナはびっくりしてパッと彼を見上げた。
考えていたことを言い当てられたのかと思ったのだ。
マーティナの表情に、ラファエルも驚いたようで、目を丸くしている。
「なんだ? なぜそんなに驚く?」
「あ、いえ……私も同じことを考えていたので……」
「ああ、君も気づいたか。君はミモザが好きだったし」
そう言われて、マーティナは二度びっくりした。
彼がマーティナの好きな花を覚えていることが意外すぎたのだ。
またもや顔に出てしまったらしく、ラファエルが怪訝そうに眉を顰める。
「だからなぜそんなに驚くんだ……?」
「ご、ごめんなさい。その、あなたがそんなことを覚えているなんて思わなかったから……」
婚約していた頃の記憶は、彼にとっては消したい悪夢のようなものだろう。
自分の体を不自由にさせた相手のことなど、きっと思い出したくもないはずだと考えていたからだ。
だがラファエルは怪訝そうな表情のままで、さらに首を捻った。
「……覚えているに決まっているだろう。僕は記憶力が良いんだ。毎年ミモザが咲くと、君と一緒に庭に見に行ったことも、君がミモザを押し花にして本の栞を拵えていたことも、ちゃんと覚えている。ポプリにもしていただろう」
「え、ええ、あなたの記憶力が良いことは、知っていますけれど……」
確かにラファエルは子どもの頃からとても賢い少年だった。
だがそういう話をしているんじゃない。
とはいえ、わざわざ説明したいような内容でもないので、マーティナは曖昧な笑みを浮かべて話題を変えた。
「あの、先ほどの話ですが……」
「先ほどの話?」
人の多い場所でおざなりな謝罪をされたくないと、人気のない庭に連れ出したくせに、ラファエルは不思議そうに聞き返してくる。
「謝罪をさせていただきたいというお話です」
「ああ……」
説明すると腑に落ちたのか、ラファエルがつまらなそうに呟いた。
彼の様子に戸惑いつつも、マーティナは心からの謝罪をしようと彼に向き直って、手を胸の前で組む。神に懺悔するような気持ちだった。
「改めて謝罪をさせてください。あの時は本当にごめんなさい。でもあなたに怪我をさせるつもりはなかったの」
十一年前からずっと、こうして謝りたかった。
あの時は受け止めてもらえなかったけれど、彼に危害を加える気がなかったことだけは、伝えたかった。
もちろん、それとラファエルが許すかどうかは別問題だ。要はマーティナの自己満足で、付き合わされる方にして見れば迷惑なことなのかもしれない。
「そんなことは分かっている。今更そんなことを言いたかったのか?」
マーティナの必死の想いを込めた謝罪に、ラファエルは呆れたような口調で言った。
冷たい相槌に狼狽えそうになりながらも、マーティナは怯んでいる場合ではないと自分を奮い立たせる。
この程度の反応は想定内だ。
だからまた拒絶される前に、言うべきことを伝えてしまわなければ。
「あ……あの、それだけではなく、つまり、あなたのために、私に何かできることはないかと……」
焦るあまり辿々しい説明になってしまったが、それを聞いたラファエルがキラリと目を光らせた。
「……つまり、贖罪がしたいと?」
ズバリと言われて、マーティナはコクコクと頭を上下させる。
「ええ、そうです。あなたの左手に障害を残してしまったことと、あなたの将来を奪ってしまったことは、私の罪です。十一年前、婚約が破談になって、私は侯爵家を出禁になってしまったし、あなたは外国に行ってしまって連絡も取れなかったから、こんなに時間が空いてしまったけれど、ずっと償いをすべきだと思って生きてきました。あなたがこうして帰ってきたのは、今がその機会だということだと思うのです。どうか、私に贖いをさせてください」
「……」
懸命に訴えると、ラファエルは何かと葛藤するような表情でじっとマーティナを見下ろしてきた。その目に不思議な熱がこもっているように見えて、マーティナは少しまごついてしまう。
男性からそんな眼差しで見つめられることはあまりないから、妙に落ち着かない。
マーティナがウロウロと視線を彷徨わせていると、彼の手がマーティナの頬に触れてビクッとなった。
「……っ!? あ、あの……」
「君は……」
ラファエルが何か言いかけた瞬間、背後でガサッと音がして「キャッ!」という女性の声がした。ギョッとして振り返ると、一人の令嬢がこちらを見て、サッと駆け出していく後ろ姿が見える。
「あっ……! どうしましょう! なんてこと……!」
マーティナはザッと血の気が引いた。
二人きりでいるところを見られてしまった。これはまずい事態だ。
咄嗟にパッと走り出そうとすると、その手首をラファエルが掴んで止めた。
「どこへ行くつもりだ?」
「離してください。あの方を追いかけなくては! 私たちは何もやましいことはしていないのだと説明しないと……!」
早口で言いながらも、ラファエルの手を離そうと手を引いたが、彼は力を抜いてはくれない。
「離してください! 早く追いかけなくちゃ……!」
あの令嬢が舞踏室に戻り、この事を喋ってしまえば一巻の終わりである。
ラファエルとマーティナはありもしない情事に耽っていたとされ、結婚、さもなくば決闘、という究極の二者択一を迫られることになる。
ラファエルがマーティナと結婚するなんて、太陽が西から昇ったとしてもあり得ないだろう。となれば、兄のマーカスがラファエルと決闘することになってしまう。
兄とラファエルが日の出と共に拳銃で撃ち合う場面を想像し、マーティナは目眩がしそうになった。
最悪である。
(早く……早くあの令嬢を止めなくちゃ……!)
こちらはもういっそ気を失ってしまいたい気持ちでいるというのに、ラファエルの方は焦った様子もなく、それどころか満足そうな笑みを浮かべていた。
「待て。考えてみれば、いいアイデアだと思わないか?」
「何を言って……!」
噛み付くように即答して彼の手から逃れようとすると、ラファエルは真顔になる。
「まだ内容を言ってない」
「聞いている暇はないのです!」
「いいから聞いてくれ。君は贖罪をしたいと言う。ならば、僕の盾になるのはどうだ?」
「盾?」
贖罪との言葉に、マーティナはハッとしてラファエルの手を振り解こうとしていた腕から力を抜いた。
「ああ。僕は帰国してからというもの、妙齢の令嬢たち、あるいはその親たちから標的にされていてね。亡き父が後継子から外れた憐れな息子にも、と複数ある爵位の一つ……ボードウィル伯爵位を僕に遺したことが公になったせいだろう」
「まあ、そうだったのですね……」
さもありなん、とマーティナは納得しながら頷いた。
爵位までついてくるとなれば、未婚の令嬢やその親たちにとって、ラファエルが是が非でも花婿にしたい男性となることは想像に難くない。
マーティナの反応に、ラファエルはヒョイと肩を竦める。
「図らずも、僕は理想の花婿候補となってしまったらしい。だが残念なことに、僕は結婚するつもりはなくてね」
「……結婚はされないのですか?」
少し意外な発言だった。ラファエルは昔、成人したらすぐに結婚するつもりだと言っていた。もちろん子どもの頃の話だし、マーティナと婚約していたという状況下だったこともあっての発言だろうから、今の彼の価値観が変わっていても何もおかしくない。
「まだ、ということだ。僕は帰国して間もないし、そもそも帰国の理由は、弟がスムーズにソールズベリ侯爵位を継げるように引き継ぎ役をするためだ。ウリエルが立派に成人するまで、自分の結婚など考える暇はないよ」
責任感の強い彼らしい発言に、マーティナは胸を打たれた。
自分が受け継ぐはずだったものを与えられる弟に、羨望や嫉妬の気持ちがあってもおかしくないだろうに、そんなふうに言えるラファエルの高潔さに感動したのだ。
「……つまり、花婿を探す令嬢たちから逃れるための盾になれ、ということですか?」
話の内容から、先ほど彼が言っていた『盾』の意を推測して訊ねると、ラファエルはにっこりと破顔した。
「そうだ。君と婚約してしまえば、社交界の煩わしいやり取りをしなくて済むようになる」
「つまり世を欺くための仮初の婚約というわけですね」
「……仮初、まぁ、そうだな……」