二年前に私を捨てた男娼が、国王になって求婚してきたのですが!?

二年前に私を捨てた男娼が、国王になって求婚してきたのですが!?

  • 発売日2024.07.26
  • 価格¥880(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

どうか私に今一度チャンスをください。

かつて自分を捨てた父から、ある貴族と婚約するよう命じられたメイヴは、その婚約者から「結婚までに身体を慣らせ」と、娼館に連れて行かれてしまう。最低かつ理不尽な扱いに溜息が止まらないメイヴだが、そこで新入りの男娼ヴィンスと出会う。自分の担当となった彼と日々を過ごすうち、素朴で優しい彼を愛おしく思うようになったメイヴ。やがて心を通わせた二人は駆け落ちを決意するのだが……。約束の日、ヴィンスは現れなかった。それから二年、メイヴの前には、なぜか隣国の王となったヴィンスが幸せそうに跪く姿があって――!?

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人物紹介

メイヴ

伯爵の不義の子で、母共々屋敷を追い出され、平民として暮らしていた。突然父に呼び出され、いなくなった異母姉の代わりに政略結婚をさせられることに。

ヴィンス(ヴィンセント)

実は隣国の王族の唯一の生き残り。子どもの頃、政治的な策略で家族を殺されて奴隷となる。闘技場奴隷をしていたが強すぎて八百長を命じられ拒んだところ娼館に売られた。

試し読み

「実は、ここに来て男娼を買うのは私の本意ではないの」
「無理やり連れてこられたのですか?」
「そうね、私の婚約者がへんた……いえ、少々嗜好が変わっていて、私はそれに付き合わされているだけよ」
 メイヴは軽く説明をすると、ヴィンスはしばし考え込む。
「つまりは、メイヴ様は私と閨を共にするつもりはない、と」
「ええ、はっきり言ってしまえばそうね」
 そして再び考え込み、真摯な顔でこちらを見てきた。
「それでもここに私といるということは、断れる状況ではないのでしょうか」
「その通りよ。私が断ったら……婚約を破棄される」
 自分の状況と、婚約を破棄されたらどうなるのかを説明する。
 フィリップ、ひいては父には逆らえない状況なのだと。
「分かりました。メイヴ様は、この状況を好ましいとは思っていない。けれど私とは半年間会わなければならない。かつフィリップ様が願うような状態にご自身を持って行かなければならない、ということですね」
 自分で話していても分かりづらい説明だと感じていたが、ヴィンスはしっかりと理解しまとめてくれた。
 彼の理解力の高さにホッとし、その通りだと小さく頷く。
 改めて他人の口から聞くと、今さらどう足掻いても意味がないような気がした。
 結局行き着く先は同じだ。
 メイヴは、誰かの手によってフィリップが望む「魅力的な身体」にならなくてはならないのだから。
 フィリップを喜ばせるために。
「ひとつ、お伺いしても?」
 メイヴはコクリと頷く。
 すると、彼はベッドから立ち上がり、再びメイヴの足元に傅いた。
 先ほどよりも近い場所で膝を折った彼は、顔を覗き込む。
「メイヴ様は、どうしたいですか? お気持ちを聞かせてください」
(……どうしたい)
 ヴィンスの言葉に、メイヴの胸がギュッと鷲掴みにされたように苦しくなった。
 ようやく今、気付いたのだ。
 もうここのところ聞かれていなかった言葉だと。
 メイヴ自身がどうしたいかなど、誰も聞いてはくれなかった。
 本心を聞こうとしてくれる人などいなかったのだ。
 結婚も父に勝手に決められ、フィリップも勝手に男娼を買うことを決めた。
 その際、誰もメイヴにどうしたい? とは聞いてはくれなかった。
 こちらが唯々諾々と受け入れることを前提で話を進め、そうするように強引に持っていく。
 そして、恐ろしいのが、メイヴ自身がそのことに気付けなかったことだ。
 諦めることばかり上手くなって、自分を殺していることも分からないほど鈍感になってしまっていた。
 けれども、ヴィンスにどうしたいのかと聞かれて、ようやく気付く。
 心の中でずっとこの言葉を欲していたことに。
 ずっとメイヴという人間を少しでも尊重してほしかったのだと、そんな自分の欲を思い知った。
「……メイヴ様?」
 溢れ出そうな感情を抑え込むように顔をクシャリと歪めると、ヴィンスがどうしたのかと聞いてくる。
 その声が優しくて、さらに涙を誘った。
「……私、怖いの……誰かに好き勝手に変えられるなんて……怖くて仕方がないわ」
 しかもフィリップの思い通りに。
 そんなこと、悪夢でしかない。
「そうじゃないと、結婚もできないし、伯爵も許さない。……でも、どうしても怖いの」
 拭いきれない恐怖心に、涙が止まらない。
 とうとう頬を濡らし、嗚咽を漏らす。
 もう止められなかった。
「……どうしようもない力に抗えず、自分が変わっていくことに恐怖を感じるのは、当然のことです。私にも覚えがあります。私も……怯えました」
「貴方も……?」
「ええ。随分と昔ですが。無力感と、恐怖が私を蝕みました。だから、貴女のお気持ちは分かります」
 淡々とした口調で話していくためか、ヴィンスが昔同じものを抱えていたと言われても真実味が乏しい。
 けれども、次の彼の言葉に救われた。
「ゆっくりいきませんか。怖くなくなるまでメイヴ様のペースでいきましょう」
 いずれは恐怖に慣れるかもしれない。
 もしくは何も感じなくなるかも。
 そんな日が来ることを考えるのも、今は怖いけれど。
「……分かったわ」
 ヴィンスがメイヴのペースに合わせようとしてくれているのはありがたかった。
「とりあえず、ここに来る日は一晩一緒にいなければならないので、それはご了承ください」
「ええ、もちろん」
「それともうひとつ」
 他に何があるのだろう。
 首を傾げると、至極真面目な顔をして言ってきた。
「私たちがしっかりとやることをやっていると皆に思わせる必要があります。つまり、メイヴ様には事後感を出していただいた方が……」
「事後感?」
 それはいったい何なのか。
 大事なことはしっかりと聞いておかなければと身を乗り出す。
「実は昨日から館に従事しており、いずれ自分も仕事につくだろうと観察をしていたのです」
「仕事熱心ね」
「ありがとうございます。それで気付いたのです。お客様が部屋に入っていく前と後では顔つきが違うと。恍惚として、どこか幸せそうでした」
「それが事後感?」
「ええ。皆さんに聞くと、お客様は皆そんな顔で帰っていくのだと。そんな顔をさせるのが我々の仕事だと言っていました」
「……つまり?」
「本日は初日なので大丈夫だと思うのですが、次回以降はメイヴ様にそんな顔をしていただかなければ、私が貴女を抱いていないとバレてしまう可能性が」
「そんなことがあるの?」
「館の主人は目聡いので」
 客を満足でさせられているかどうか。
 それを知るのも主人の仕事だろう。
 そんな主人の目を欺くには、最後までやり遂げなくても、それらしい雰囲気を出す必要があるということだ。
「……けれど、私、事後のことなんてまったく分からないわ。どんな顔をすればいいのか……。ねぇ、ヴィンス、貴方は何かいい考えがある?」
 助けを求めると、彼は少し固まったあとに、ハッとして慌てた様子で口を開く。
「そ、そうですね。本当のところを言いますと、私もいい考えが思い浮かばず……」
 二人で顔を突き合わせて、う~んと呻る。
「……貴方、ここに来る前もそういう経験がないの?」
「はい。七歳のときに奴隷として売られ、それから闘技場奴隷に。あまりにも強すぎると他の奴隷たちの恨みを買い、罠にかけられ今度は娼館に売られたので、まったく」
「そ、そう。随分と壮絶な人生なのね」
 波乱万丈で悲惨な人生のはずなのに、不思議なことにヴィンスからはまったく悲愴感が伝わってこない。
 不思議な雰囲気の人だ。
 とりえず、ここにいるのは初心者ふたり。
 性に無知なふたりは、事後感がどんなものかをあれやこれやと話す。
 すると、どこからかお腹が鳴る音が聞こえてきた。