復讐の獣は囚われの乙女に執愛を刻む
- 発売日2024.08.30
- 価格¥814(税込)
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お前を恨みたかった、憎みたかった。けれど――!
銀髪に赤い目という珍しい容姿を持つミエールは、獣人を排斥する聖ミーハ教の神の使いとして崇められ、辺境伯領にある塔の一室に幽閉されていた。そんなミエールのもとに、ある夜、暗殺者が忍びこむ。彼は、かつて国境の集落で共に暮らした狼の獣人で、死んだはずの初恋の人、ジンだった。自分のせいで集落が滅ぼされたと、長年罪悪感に苛まれていたミエールは、ジンに殺されることを願うのだが、彼は「簡単に死なせてなんかやらねえ」と、ミエールに怒りと欲望を刻み込む。だがやがて、ジンはミエールをとりまく深い闇に気づき始め……。
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人物紹介
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ミエール
人間だが、一時期国境付近の獣人の集落で暮らしていた。辺境伯の異母兄を持つ。自分のせいでジンや集落の人たちが死んでしまったと思っていた。
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ジン
狼の獣人。普段の外見は人間と変わらない。自由に獣化できるが、興奮するとコントロールできないことも。ミエールに裏切られたと思っている。
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ジンは、ユキヒョウ族の集落にいるたった一匹の狼族だった。なぜ一人だけ違うのかという疑問には、アッシが自慢げに教えてくれた。
ジンもミエールと同じ、森の中で一人はぐれていたところをユキヒョウ族に拾われたのだという。
「獣人って私と何が違うの?」
一緒に暮らしていると、彼らと自分の違いなんて大差ないように思えた。せいぜい獣耳と尻尾があるかくらいではないだろうか。
首を傾げれば、ジンは目を丸くさせた。
「お前、獣人知らないのか?」
頷くと、「そっか」とジンが軽く頷いた。
「なら見せてやるけど、みんなには内緒な」
そう言うなり、ジンは白い上着を脱ぎ捨て大きく息を吸った。その直後、ジンの身体にみるみる黒い被毛が生え、全身が人から獣へと変わっていく。またたく間に成獣の狼になった。
「……ジン、なの?」
目の前で変化する様子を見たのだからジンに違いないのに、そう尋ねたくなるほど、ミエールにとっては衝撃的だった。
呼びかけに頷いたジンは、ミエールの身体に顔をすり寄せてきた。大きな体躯で甘えられて、ミエールはその場に尻餅をついてしまう。
「ふ、ふふっ。可愛い」
「おい、可愛いってなんだ」
すると、ジンがあっという間に人の姿に戻って文句を言った。
「私もなれる? えっと、白いからユキヒョウだよね」
「馬鹿、お前は人間。獣化できるのは獣人だけだ」
「そうなの?」
自分も獣化できれば、みんなと同じになれたのに。
寂しい気持ちになると、ジンに「仕方ねぇな」と強めに頭を撫でられた。
狼一族は本来集団で暮らすのではなく、番で暮らす。ジンだけがはぐれたのか、事情があって離れ離れになったのかは結局わからないままなのだとか。
けれど、ジンはそれでいいと笑った。
「俺の家族はユキヒョウ族だ」
晴れ晴れとした表情に強がりの色は見えない。
彼は心の底からユキヒョウ族を愛しているのだとわかった。
「家族って何?」
首を傾げて問いかけると、ジンは三白眼の目をぱちぱちさせながら面食らっていた。
「何って、家族は家族だろ。お前にだっているだろう?」
「……?」
知らない単語は、まるで別の世界の話を聞かされているみたいだった。
「……お前、家族いないのか? 親や兄妹は? 今までどうやって生きてきたんだ?」
「わからない」
一生懸命首を捻ってみても、何も浮かんでこない。
大事なことがあった気もするけれど、なんだったろう。
(よくわからないわ)
初めての外の世界。
初めて接する獣人。
初めて見る家族という集団。
温かくて、居心地がいい場所。ミエールもいていい場所。
けれど、ミエールは彼らの家族ではない。
ふと一瞬、脳裏に金色の映像が掠めていった。
捕まえようとするには短すぎ、心に留めておけるほど鮮明ではない何か。ただ思い出すとひどく嫌な気持ちになりそうだったから、やめた。
「ほら、その落ちたチビを貸せよ」
ミエールとジンは、湧き水を汲みにきた帰りに、巣から落ちた鷹の雛を拾っていた。まだまたジンに手を引いてもらわなければ水汲み場に行けないけれど、一ヶ月も暮らせば、この生活にも慣れた。
ジンは、歩きながらいろんなものをもいだり、拾ったりする。
木に果実がなっていれば、器用に登ってミエールたちに落としてくれる。湧き水の上流で川遊びをしながら魚を掴み取りすることもあった。何でもこなせるジンは、子どもたちの憧れであり、リーダーだった。
だからだろう。誰よりもどんくさいミエールのことを、彼はことさら気にかけてくれた。自分が拾ってきたという責任感もあったのかもしれない。
ミエールはジンが取ってくれる果実の中でキサの実が一番好きになった。表面は起毛の薄皮で覆われているが、剥いてしまえば中には目いっぱい甘い果肉が詰まっている。大きな種子を取る必要もないキサの実は、ミエールにとって一番食べやすい果実だった。ジンもそれを知ってくれているのだろう。キサの実があると、必ずミエールに取ってくれた。
「この子、どうするの? どこかに置いていく?」
「ばっか、そんなことするわけないだろっ。俺が育てるんだよ。親から間引きされたからって、俺らまで捨てる理由にはなんねーだろ。こいつはまだ生きたいって言ってる」
手のひらに収まるひな鳥は、弱々しい姿でありながらも、懸命に口を開いて餌を欲していた。
「育つかな?」
「俺がいっぱしの鷹にしてやるよ」
「じゃ、この子も今日からジンの家族? ――いいな」
この雛のように明日消えるかもしれない命しかなくても、ジンに家族だと言ってもらいたい。
すると、ジンが呆れた顔で苦笑して、ミエールの頭をやや乱暴に撫でた。
「羨ましがることかよ。そんなに俺と家族になりたきゃ、大人になれ」
諦めるしかない願望に、ジンが希望という火を灯してくれた。
ミエールはぱっと彼を振り仰いだ。
「大人になるとジンと家族になれる?」
「むちゃくちゃ美人になってりゃ、嫁にもらってやるよ」
また新しい単語が出てきたことに、ミエールは困惑した。嫁と家族は一緒なのだろうか。
首を傾げれば、「俺の一番にしてやるってこと」と笑われた。
「ほんと? 絶対ね」
「そのときまでミエールが俺を覚えていたらの話だけどな。まぁ、忘れるだろ」
「そんなことないっ。絶対に覚えている! 私、ジンの嫁になりたい」
真面目な顔をして言えば、ジンが楽しそうに笑った。