君と夜を越えたい

君と夜を越えたい

  • 発売日2024.12.27
  • 価格¥891(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

星空を見る度、僕はきっとこの幸福な夜を思い出す。

7歳の頃に出会った少年・ヨルクに恋をしたカレン。政略的な価値のない男爵令嬢のカレンでは、文通すらも許されなかったが、彼への想いは変わらない。だが数年後、ヨルクの家が派閥争いに負けて没落。彼は家族への処罰の代わりに、重大な役目を負うことに。それは、15年間ひとりきりで「瘴穴封じ」をすること。カレンは決意した。瘴穴にいるヨルクに会いに行き、約束どおりお嫁さんにしてもらうのだと――! 
大ボリュームの書き下ろし番外編3編と共にお届けする、
心優しい純真な青年とお日様のような押しかけ女房の、一世一代の恋と青春。

※書き下ろし番外編は以下の3編※
◆番外編 オデットより親愛なる兄へ
◆番外編 ガードラーより親愛なる若者たちへ
◆番外編 ある男の幸福な一日【五年間の記録】

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人物紹介

カレン

幼い頃に一度会ったヨルクのことがずっと好きで、様々な困難を乗り越えて、彼のいる瘴穴に押し掛けた。非常に前向きで一途。

ヨルク

王城の魔術師が1、2年ほどの任期制で回していた「瘴穴封じ」を、ひとりきりで15年間担うことに。カレンの行動に驚きつつその存在に救われていく。

試し読み

 食べ終わったヨルクがこちらを見て、口を開いた。
「えっと、とりあえず、聞きたいことがありすぎて、どれから聞いたらいいのか分からないんだけど……本当に久しぶりだね。大きくなっていてびっくりしたよ」
 まるで親戚のおじさんみたいなことを言ったので、笑ってしまう。
「うん、十年ぶりだよね。私ももう十七だよ。でも、よく覚えてくれていたね。一度しか会っていないのに」
「ここに来てからだよ。時間だけはあるからね。色々と今までのことを思い出しているうちに、あのときのことも思い出して……まあ、印象的だったからね」
 ヨルクは照れたように口元をゆるめた。子供時代に、屋根裏部屋でこっそりキスをしたのは、やはりヨルクにとっても特別な思い出らしい。彼もあれが初めてのキスだったようだし。
「そういえば手紙はごめん。せっかく出してくれたのに、冷たい返事をしただろう……」
 手紙のことも思い出したのか、ヨルクは眉を下げた。昔の印象どおり、優しい男の子だなと嬉しくなる。
「全然冷たくなかったよ。わざわざ返事で謝ってくれて、誠実だなって感心したぐらいだよ」
 ヨルクは聞きながらも小さく咳き込み、水を飲んだ。
「ごめん、まともに人と喋るのが久し振りすぎて、喉が弱ってる」
 確かに最初から声は掠れ気味だった。もうここに来て四年が経っているはずだ。その間、ずっとひとりだったのかと思うと、胸がチクチクする。
 コップを持つ彼の左手の親指には黒い指輪が嵌まっていた。あれが瘴気を遮断する国宝の魔道具だろう。綺麗なヨルクの指にはよく似合っていた。
「どうしてここに? 僕に会いに来たって言っていたけど……」
「うん、ヨルクに会うために来たよ。あのとき、約束したよね?」
「えっと、あまり会話までは詳しく覚えていないんだ。その、キスの印象が強くて」
 照れたように目を泳がせて、ヨルクは苦笑した。あのまま家が没落せず、有望な子爵家の嫡男として輝かしい道をたどったら、きっと女性に囲まれていただろうに、ヨルクはカレン以上に純朴に見えた。
 カレンは彼と再会したときから、これは大丈夫だろうなと感じていた。幼いながらの女の勘は当たっていた。押したら、押し切れるだろう。
「大きくなったら会いに行くから、ヨルクのお嫁さんにしてくれる? って約束したんだよ。ヨルクは、自分に決める権利がそのときにあるならいいよって言ってくれたの。私はもう十七だから成人しているし、ヨルクも自分で決められるよね? 約束どおり、私をお嫁さんにしてくれる?」
 カレンがジッと見つめると、目の前の青年は呆然とした顔でこちらを見返した。その顔が少しずつ赤くなり、ヨルクは片手で目を覆った。
「……約束……したね。思い出してきた。あれは、そのためのキスだったのか……」
 呟かれた最後は、消えるように小さくなった。ヨルクは顔を赤らめたまま、チラッとこちらを窺った。
「それを聞くために、ここまで来たの?」
「うん。本当は成人したらすぐに来たかったんだけど、時間かかっちゃった」
「いや、でも、僕は瘴穴封じの任に十五年就くから、結婚は無理だよ」
「あと十一年だよね。知ってる。終わってから結婚してくれたらいいよ」
「それにもう僕の家は没落しているから、僕は貴族でもなんでもない。カレンは貴族だろう? こんな罪人を相手にするなんてありえないよ」
「ヨルクは罪人ではないでしょう? 貴族とかは別になんでもいいよ。私はヨルクと結婚したいんだし、私の家族もみんな好きにしたらいいって言ってくれてるよ」
 何の問題もないと言うと、ヨルクは呆然とした顔から、困り果てた顔になった。
「いや、何より……君を……女性を十一年も待たすなんて無理だよ。その間、会うこともできないんだよ。罪悪感で僕が参るよ」
 カレンはニコリと笑った。
「ここで待つから大丈夫だよ。ヨルクが終わるまで一緒に過ごすから。終わってからちゃんと結婚してくれる? あ、あと、子供も作るなら終わってからね」
 困り果てた顔をしていたヨルクは、カレンが言葉を続けるほどに、また呆然とした顔に戻っていった。カレンが言葉を切ると、「こ、子供!?」と裏返った声を出して、喉に負担がかかったのかまた咳き込んだ。
「そ、そうだ、最初に聞こうと思ってたんだ。瘴気はどうしてる? 見る限り影響はないようだけど、遮断術も魔道具も使っている様子はないから」
 コップの水を何口か飲んだあと、焦ったように聞かれた。その顔はとても心配そうだ。一流の魔術師でも、この山頂近くの瘴気では、長く結界を張れないらしく、瘴気遮断の魔道具も、ヨルクが身につけている国宝以外では完全に遮断できないと聞く。
 カレンは胸元に目を落とした。それから、着ているワンピースの胸部分のリボンをほどく。
「え、カレン、ちょっと待って」
 ギョッとしたヨルクが立ち上がり、止めようと腕を掴んできたが、その前にゆるめた胸元の布をグイッと下にズラした。下着はつけているが、胸の半分ほどが露わになる。自分でもなかなか豊かだなと思う膨らみだ。
「っ」
 ヨルクが息を吞み、腕を掴んだ手にギュッと力が籠もった。
「ほら、これで瘴気問題は解決したよ。遮断術を定着刻印してもらったの」
 自慢げにカレンが胸元で露わになった黒い刻印を示すと、目が泳ぎまくっていたヨルクもそれを視認したようで、目を見開いた。泳いでいた視線が、胸元に固定される。
「刻印……」
 カレンの腕を掴んだままだった手が離され、刻印の近くに手がかざされる。
「触っていいよ」
「うわ」
 カレンはその手を掴んで、自分の胸元に押しつけた。指が刻印の辺りに這わされる。むにっと指先が膨らみに沈み込んだ。ヨルクが何か言おうとしたのか口がパクパクと開閉する。
「結構可愛いから気に入ってるの」
 埋もれたまま硬直していた彼の指は、やっとゆっくり動き出した。カレンが普通に話しているので落ち着いたらしい。刻印の模様を調べるように、優しい仕草で肌をなぞる。少しくすぐったかった。いつもは服で隠れているような場所を男の人に触れられるのは初めてで、何でもない表情を作りながらも内心ではドキドキしていた。
「技術としては知っていたけど初めて見たよ……瘴気の遮断術の刻印?」
「うん。学校でお世話になった先生が調べてくれたの。だから私、瘴気は平気なの」
 ヨルクが親指で刻印を撫でる。少しかさついた指の腹で優しく胸元をいじられ、ゾクゾクする。彼の視線は興味深そうに刻印に集中していた。もう、カレンの胸を触っているという自覚もないのかもしれない。
「でも、定着刻印を刻むと、他のことに魔力が使えなくなるんじゃなかった?」
 ハッとしたように、ヨルクがやっとカレンの顔を見た。うん、と頷く。
「ここに来ることがいちばんの目標だったから別にいいよ。魔力がなくても大きな問題はないし」
「いや、貴族は魔力がないと色々困るじゃないか! そんな、ここに来るためだけにこんなことをするなんて、軽率だよ」
 初めて彼が厳しい声を出したので、カレンは落ち着いた声で言い返した。
「だってヨルクに会いたかったから。後悔なんて何もしてないよ」
 ジッと見つめていると、ヨルクの咎めるような目がすぐに泳ぎ、目元がまたじわじわと赤くなる。
「任期が終わるまでなんて待てないよ。それに、結婚するなら、私は相手がいちばんしんどいときに、一緒にいたい」