
五年ぶりに再会した初恋の人がヤンデレ伯爵になって離してくれません
- 発売日2025.07.18
- 価格¥814(税込)
※価格や発売日はストアによって異なります。
それで、僕らの結婚はいつにしようか?
五年ぶりに訪れた王都で、幼なじみのリオンと再会したユニス。平民の自分にも分け隔てなく優しかった彼は、ユニスにとって淡い初恋の相手だった。伯爵位を継ぎ、以前よりも大人びたリオンにときめくが、よく見ると彼の瞳はどこか仄暗い様子……? 思わず逃げ出したくなるユニスだが、突然縋ってきて泣き出した彼をなだめているうちに、成り行きで彼の屋敷に泊まることに。ユニスの姿が見えないと不安定になるリオンを放っておけず、いつの間にか滞在期間はずるずると延びていき、彼のお願いで添い寝までするようになり……!? 知らぬ間に外堀を埋められていたユニスの運命は――?
人物紹介
-
ユニス
リオンの家の主治医をしていた父が亡くなり、五年前に王都を離れる。リオンとはしばらく文通をしていたが、二年前に連絡が途絶えたため、淡い初恋に区切りをつけていた。
-
リオン
優しく聡明で大人びていて、ユニスにとって憧れの存在だった。かつての美貌はそのままに今はどこか影を纏っている様子。ユニスに対して異常な執着心を持っているようで…?
試し読み
危機は突然やってくる。
それをしみじみ実感したのは、今この瞬間かもしれない。
ユニスは広々としたベッドに横たわり、見事な天井の装飾を眺めていた。
背中には気持ちのいいベッドの感触。寝具は最高級で、非の打ち所がない。
ヘンリル伯爵邸に滞在するようになって、これまで知らなかった極上の寝心地を覚えてしまった。この先家に帰ってあの狭くて硬いベッドで安眠できるか心配である。
だが、現在ユニスが仰向けで寝そべっているのは、この屋敷で宛がわれた部屋の中ではなかった。
――何でこんなことになったのだっけ……?
ユニスが寝起きしている客間のベッドよりも更に大きく立派なものの上で、指一本動かせず硬直して何分経ったのか。
もう時間の感覚は麻痺していた。もしかしたら数十秒程度かもしれないし、数時間が経過した可能性もある。
しかし夜が明けていないのだから、さほど長い時間ではないはずだ。
気持ちとしては一刻も早く夜明けになってくれと願いつつ、ユニスは意識だけを右隣に向けた。
「ユニスは温かいな……こうしていると子どもの頃を思い出すよ」
隣で同じように横たわっているのは、リオンである。
何故ならここは彼の寝室。故にリオンがいるのは、何の不思議もない。ただしユニスが深夜、彼と同じベッドにいるのは摩訶不思議と言うより他になかった。
それも右腕がリオンの左腕と密着している。
ベッドの端と端に離れればくっつかずに済むだろうが、それは彼が納得してくれなかった。
何でも『人の温もりがあれば安心して眠れる』と誰かに聞いたらしい。いったいどこの誰だ。そんな妄言をリオンに吹き込んだのは。
ユニスは一応『一人で手足をゆったり伸ばした方が安らげると思いますよ?』と抵抗を試みたが、あえなく『ひとまず実験してみよう』と言われて従わざるを得なかった。
――そりゃ、リオン様の睡眠のために何でもすると言ったけどっ?
まさか添い寝を要求されるなんて、想定外だ。
こんなことは幼い頃にだってしていない。つまり彼の言う『子どもの頃を思い出す』というのは、妄想の類としか考えられなかった。
「……ジェイコブさんにリオン様は人の気配に敏感で眠りが浅いと聞きました。やはり私が横にいては、気が散りませんか?」
「いや、じんわり温かくて安心する。むしろもっとくっつきたいな」
「ひょえっ?」
寝返りを打った彼がユニスの身体を抱き寄せるように腕を回してきた。おかげでリオンの吐息が首筋にかかる。
男女交際の経験が皆無のユニスには刺激が強過ぎて、一気に頬が上気し、頭が破裂するかと思った。
「ちょ……ち、近いです」
「この方が温かい」
「むしろ暑いです」
「うん。心地いいね」
話が通じない。わざとはぐらかされている気がして、ユニスはじっとりとした目で彼を見つめた。
「分かってやっていますよね?」
「何のこと? それよりもユニスは約束を破るつもり? 傍にいてくれるっていうのも、眠れるよう協力してくれるっていうのも嘘だったのかな。僕を騙したのか?」
「ぐぅう……っ」
そんな責められ方をされると、元来真っすぐな性格のユニスは罪悪感で耐えられなかった。
騙すつもりは毛頭なく、どれも本当に心から口にした言葉だ。その場凌ぎと言われてしまうと否定しきれないが、言った瞬間は偽りなど欠片もない本心だった。
ただ、そこまで深く考えての発言ではなかっただけで。
――だってまさかリオン様に『眠る前に飲酒をやめたら上手く眠れない。代わりにユニスが添い寝してくれたら、解決すると思う』と言われるなんて夢にも思わなかったんだもの!
正しいことをしたつもりが、こんな形で自分に返ってくるとは。しかしやると決めたからには覚悟を決める。
今更『できません』と言うのはユニスの矜持が許さず、腹を括った。
――隣で眠るくらい何よ。これも治療の一環だと思えば、恥ずかしがっている場合じゃないわ。困っている人を助けるのが、お父様から教わったことだもの。落ち着いて深呼吸すれば、妙な考えも浮かばない――って、ええっ?
リオンの手がユニスの左肩にかけられ、引き寄せられた。
丁度息を吐ききって身体の力が抜けていたところだったからか、そのままコロリと横に転がる。そうすると、こちらを向いて横臥した彼と至近距離で見つめ合うことになった。
「……っ」
吐息が絡む近さで視線が囚われる。過去、こんなに接近して他者の顔を凝視したことなんてない。
部屋の灯りは絞られていてもリオンの肌の滑らかさが見て取れ、大きく脈打った心音が相手に聞こえてしまわないか不安になった。
「ユニスは柔らかいね」
「あ、あの、リオン様……っ」
彼の美声がひどく官能的に聞こえてしまうのは、自分の耳がおかしくなっているせいだとしか思えない。
そうでなければ、健康を取り戻そうと努力している人に対して、自分は何て不埒なことを考えているのか。そもそも本当なら、こんなにも親しげに接して許される相手ではなかった。
リオンはユニスにとって雲の上の人。彼が壁を感じさせないでいてくれるから、勘違いしてしまいそうになる。通常であれば、直接口を利くのも憚られるくらいに二人の立場は隔たっているのだ。
――そう。だからずっと前に想うことも諦めたの。
これではいけないと思い、ユニスは後方へ身体をずらそうとした。だが一瞬早く抱き寄せられる。
気づけば彼の腕の中。互いの胸が密着している。鼓動まで伝わってきかねない距離で、ユニスの呼吸が乱れた。
「ねぇ、ユニス。これからは毎晩僕の抱き枕になってよ」
「へ、変なことを言わないでください!」
「ちっとも変じゃない。だって君に触れていると、とても安心して眠くなってくるんだ」
大きな欠伸をしたリオンの瞼が落ちてくる。彼は心地よさげに長く細い息を吐き、ゆったりと虚脱した。
「……ぇ、リオン様?」
いつしかユニスの耳が穏やかな寝息を拾った。
二人しかいない空間で自分は爛々と起きているのだから、眠っているのは彼でしかありえない。リオンの寝顔は至極あどけなく見える。完全に安心しきって、ユニスに身を任せていた。
「ぇえ……この状況で、眠れるの……? すごいな……」
こちらは自分でもよく分からない感情に振り回されているのに。
いっそ起き上がりたいが、動けば彼を起こしてしまう可能性がある。リオンに充分な休息を取ってもらいたい身としては、それは絶対に避けたいことだ。
だからユニスにできるのは、彼の安眠を守ることのみ。
ピクリとも動けず、息を凝らすしかなかった。