怖いと噂の王子様が、偽りの婚約者の私に優しすぎる

怖いと噂の王子様が、偽りの婚約者の私に優しすぎる

  • 発売日2025.12.26
  • 価格¥836(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

恋に落ちるとは、こんな感覚なのか。

親の決めた婚約者から「他に愛する人ができた」と告げられた伯爵令嬢テレーゼ。彼を良き友人と思っていたテレーゼは、彼の気持ちを尊重して婚約破棄を受け入れる。そんなある日、元婚約者が友人たちに責められている場面に遭遇した彼女は、彼を庇うべく、とっさに近くの貴公子へ「仲の良いふりをしてほしい」と頼んで連れていく。だがなんとその貴公子は、冷酷で女嫌いと噂される第二王子ジークハルトだった! さらに周囲に婚約間近と誤解され、息子の女嫌いに悩む国王を喜ばせてしまう。ほとぼりが冷めるまで仮初めの婚約者として行動を共にすることになるが、彼との時間はあまりに心地よく、自分は愛されているのではと勘違いしてしまいそうで――。

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人物紹介

テレーゼ

裕福な新興貴族の娘。元婚約者を庇うために打った策が思わぬ事態に発展してしまう。期間限定の婚約者となったジークハルトが誠実で優しく、彼への好意がどんどん膨らみ困っている。

ジークハルト

国を守る戦いに身を捧げてきた第二王子。噂では大変な女嫌いで冷酷と言われており、表情も豊かなタイプではない。テレーゼのことは憎からず思っているようだが、関係を進められない事情がある様子。

試し読み

「ピクニックなんて久しぶり。子供の頃は家族でよく来たのですが、大人になってからはやらなくなっていて……」
「俺は初めてだが……野営に似ているな」
「野営?」
「周りにテントや仲間の姿がないのは変な感じだが……」
 二人で並んで腰を下ろし、軽食をつまみながらとりとめのない会話を交わす。そのうちジークハルトがあくびをかみ殺した。
「眠いのですか?」
「あぁ、昨夜は兄上と遅くまでチェスをしていた」
「まぁ……」
「なかなか勝敗がつかず互いにむきになって、気づけば夜が明けそうな時刻だった」
 意外だ。あの理性的な王太子と、いつも冷静なジークハルトでもそんなことがあるのか。
 くすくす笑いながら、テレーゼは自分を鼓舞する。
(さぁ、ぐずぐずしないで話すのよ!)
 好きな人ができたら教えてください。すぐに婚約を解消しますから。――それだけだ。
 かりそめの婚約者として、自分には彼の幸せに対する責任がある。好意に甘えてばかりではいられない。
 テレーゼは小さく咳払いをした。
「ジーク様はお気づきでしょうか? 今、宮廷に集う令嬢たちの間でジーク様の人気が高まっているそうです。皆様、ジーク様についての噂は正確でなかったと知り、お優しいステキな方と話されています」
「優しいのは君だろう」
「え?」
「先日の舞踏会で、ダンスの下手なブラント男爵が令嬢たちに避けられているのを見て、進み出て相手をしていたじゃないか」
「それは……目立っていて、お気の毒でしたから」
「キャンベル家の子息が皆の前で失言した時もうまくかばっていた。まるで君が彼に気があるかのような冗談を言って」
 ジークハルトは、ひどくつまらなそうに言う。どことなく言葉に棘があるように感じるのは気のせいか。
「冗談は冗談ですわ。皆様もご承知でした」
 なぜだか弁解をしかけ、テレーゼは話がズレていることに気づいた。「とにかく」と本題に戻す。
「いいですか、ジーク様。私たちは、いわば成り行きで婚約を交わしただけで、お互いに本気ではなかったわけですが――もちろん私はジーク様のことを尊敬しています。大変光栄なことと思いますが、かといって縛りつけるのは本意ではありません。令嬢たちからお茶会の招待を受けるといったことが、もしこの先またあれば、あまり無下になさらないほうがよろしいのではないでしょうか。と申しますのも、もしかしたら喜ばしい出会いにつながる可能性がないとは言えないような気が――」
 他の女性と縁があったら遠慮しなくていい、と遠回しに伝えるつもりだった。
 だがジークハルトは相槌を打つでもなく、ひどく眠そうな目でこちらを見ている。
「ジーク様?」
 彼はまたあくびをかみ殺した。
「失礼。帽子のつばが広すぎて君の顔がよく見えないので、帽子を取ればいいのにと思っていた」
「――――……」
 予想外にして強力な言葉の弾丸を胸に撃ち込まれ、息ができなくなる。
(ふ、不意打ちはやめて……!)
「で、何の話だ?」
「…………」
 口をぱくぱくさせた後に、テレーゼはドギマギする胸を押さえて答えた。
「……私はピクニックが好きだと再確認しました」
「そうか。では機会を見つけてまた来よう」
 ジークハルトがさらりと返してくる。
 はぁ。自分の不甲斐なさにため息をつき、火照った顔をあおごうと婦人帽を取る。が、外したところで強い風が吹き、帽子が飛ばされてしまった。
「あ……っ」
「君の帽子は風と相性が悪いな!」
 そう言い置いてジークハルトが走り出す。高々と舞い上がった帽子を追いかけて斜面を駆け下りていく。テレーゼもそうしたいのはやまやまだが、踵の高い婦人靴であるためかなわなかった。
 しばらくして彼は何とか婦人帽を拾い、戻って来る。テレーゼは申し訳ない気持ちで、足早にそちらに向かった。
「すみません。あんなに遠くまで飛ばされるなんて……っ」
 気づいたジークが慌てて言う。
「待て。その靴で走らないほうが――」
 下り斜面を走ると転びやすい。子供の頃は当たり前のように理解していたことを、今になって思い出す。その瞬間。
「きゃ……!?」
 ふわりと宙に浮き、放り出されるような感覚に襲われた。
 まだ下のほうにいたジークハルトが、ものすごい勢いで駆け上がってくる。そのかいあって、テレーゼは地面にたたきつけられる寸前に彼に抱き留められた。――が、そのまま二人してごろごろと斜面を転がってしまう。
 しばらくして止まった。
 彼はテレーゼの頭を胸に抱え込む形で抱きしめてくれていた。そのため起き上がった時、芝生の上で仰向けになる彼の胸に手をついて見下ろす形になる。
 逞しくて硬い感触に気づき、まるで熱いものにでもふれたように手を離す。
「あ、あ、……あの……、申し訳……っ」
 すっかり頭に血がのぼってしまったテレーゼの下で、彼はさも忌々しげにうめいた。
「前々から思っていたんだが、婦人靴の踵の高さには何の意味があるんだ?」
 実に彼らしい意見に、頬を上気させたままつい噴き出してしまう。
「本当ですね!」
 すると彼も笑った。今までのような微笑ではなく、はっきりとした笑顔になる。
(あぁ、また不意打ちを……!)

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