あのプロポーズは冗談では……? ~策士な貴公子は生真面目な家庭教師を逃がさない~

あのプロポーズは冗談では……? ~策士な貴公子は生真面目な家庭教師を逃がさない~

  • 発売日2026.05.29
  • 価格¥814(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

やっと僕を男として意識してくれましたか?

家が没落し、家庭教師として生計を立てていたメイジー。生真面目すぎる性格と死滅した表情筋のせいで周囲から恐れられ、もちろん恋愛経験も皆無。亡き父の借金を返し終え、修道女になろうとしていた矢先、火事で家を失ってしまう。途方に暮れる彼女に突然プロポーズをしてきたのは、教え子の兄であり、伯爵家嫡男のテレンスだった。「結婚式はいつにしましょうか?」上流階級の冗談だと思っていたのに、気づけば婚約は既成事実に!? 誤解を解こうとしても、柔和な笑みを浮かべる彼に甘く囲い込まれ、恋人のように触れられる日々が始まって……。さらに火事が放火だと判明し、メイジーは彼を頼らざるを得なくなり――。

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人物紹介

メイジー

没落令嬢。テレンスの弟フィルの家庭教師をしていたが、フィルが学校へ行く年齢になり職を辞することに。修道女になる予定が、テレンスに突然求婚されて困惑気味。生真面目な性格で、知識は豊富だが、特に恋愛に関しては経験が皆無。

テレンス

伯爵家の嫡男。いつも柔らかな微笑を絶やさない、聡明で礼儀正しい紳士。メイジーが別れの挨拶をしていた矢先、突然求婚してくる。穏やかに見えて押しが強く、メイジーと結婚するため着々と外堀を埋めているようで…?

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「せっかく初めての逢瀬なのに、フィルの話ばかりしてしまいましたね。でも弟がメイジーのおかげで庭師の娘と仲直りできたと喜んでいたのを伝えたかったのです」
「そ、そうですか。安心しました。事の顛末までは私が出しゃばるわけにいかないので、気になっていたのです」
「好きな子を虐めたいなんて、我が弟ながら困ったものです。好意がある相手に意地悪しても振り向いてはもらえません。全力で優しくして甘やかして頼りになるところを見せ、自分の長所を売り込み、邪魔者は排除して口説き落とさないと」
「そ、そうですね」
 話の意図を掴めなかったが、メイジーはひとまず頷いた。
 誰だって嫌なことをしてくる相手よりも親切な人の方が好きだ。それは確かなので、テレンスの言葉に異論はなかった。
「理解していただけますか?」
「ええ、勿論です」
「よかった。メイジーも同じ考えで安心しました」
 にこやかに彼が目元を綻ばせる。しかし瞳の奥に油断ならない光が瞬いた。最近、彼のこのような目をよく見る気がする。
「それではこれから遠慮なくいかせていただきますね」
「遠慮?」
 本当に何のことやら。
 メイジーが首を傾げた刹那、ボートが大きく揺れた。
「きゃ……っ」
 近くを通った別のボートが軽く接触したらしい。転覆するほどではなかったものの、舟遊び自体が初めてのメイジーは驚いた。
 ギュッと強く目を瞑る。固まった身体を抱きとめてくれたのは、テレンスだった。
「大丈夫ですよ。立ち上がらず落ち着いてください」
 言われた通り、下半身に入っていた力を抜き、呼吸を整える。すると不安定に揺らいでいたボートは、元のようにゆったりとした動きに戻った。
 ――吃驚した……危うく湖に落ちるかと思ったわ。
「すみません。そちらに怪我はありませんか?」
 状況的にこちらが原因ではなく、相手方が死角からぶつかったせいだと思われたが、テレンスが後方を振り返り頭を下げた。
「ま、まぁっ! 私は何ともありませんわ!」
 すると、相手方のボートに乗っていた貴族とおぼしき女性が、頬を真っ赤に染めて歓声交じりの声を上げた。どうやらテレンスの美貌に見惚れているようだ。潤んだ瞳はキラキラと輝き、上目遣いで彼を見つめてきた。
 一瞬、不機嫌そうに眦を吊り上げていたのに、だ。
「素敵……とんでもない美形ね……」
 思っていることが口から出る性分なのか、うっとりとした感嘆が漏れている。しかも何故かメイジーをチラリと睥睨し、『ふんっ』と小馬鹿にした息を吐くではないか。
 いくら鈍いメイジーにも察するものはある。これは明らかに虚仮にされていた。
 ――あら? 何だかとても嫌な感じだわ。テレンス様が注目を浴びるのはいつものことなのに……私が見下されている気がするから?
 この場で自分が軽視される理由は欠片も理解できないが、メイジーはとりあえず居心地の悪さを抱いた。
 おそらく、テレンスと一緒にいる己が不釣り合いだと侮られていることも――薄っすらだが分かる。要は、完璧な貴公子の隣にメイジーごときがくっついているのは似合わないとこの女性に判断されたのだ。身分的にも。容姿的にも。
 メイジーなど彼の持つ素晴らしさに遠く及ばないから。
 ――そのこと自体に異論はないわ。でも――面白くない。……そんな風に思うことすらおこがましいのに。どうして私、イラッとしているのかしら?
 モヤモヤした感情が胸に巣くう。こういった経験は初めてで、メイジーは大いに戸惑った。
「――おいっ、どこのお坊ちゃんだか知らないが、気をつけろよっ」
 ぶつかってきたボートを漕いでいた男に突然怒鳴られ、メイジーの物思いは断ち切られた。視線をやれば、オールを握る男性が険しい顔をしている。
 きっと逢瀬中の女性がテレンスに目を奪われていることが気に入らないのだろう。もしくは己がボートをぶつけた失敗をごまかしたいのかもしれなかった。
 だからこそ空威張りしているのが窺える。
 本日のテレンスは如何にも貴族といった格好をしていないせいか、強く出ても問題ないと見做されたようだ。
 ――それとも意中の女性の前で虚勢を張っているのかしら。
「……ったく、世間知らずのお坊ちゃんは、ボートもまともに漕げないのかよ。顔だけの男はこれだから困るんだ。やっぱり男は頼り甲斐があってこそだよな」
 これ見よがしに言いたい放題の男は、己の非を認める気はさらさらないらしい。その点はともかくも、メイジーが引っかかったのは、テレンスが悪し様に罵られた点だ。
 他のことはまだしも、そのことは到底見過ごせないと強く感じた。
「いえ、ぶつかってきたのは貴方ですよね? それにテレンス様のお顔が整っていることは否定しませんけど、それだけではありませんよ? この方は生まれ持った物以上の努力をなさっています。勤勉で謙虚、下々の者へ理不尽な真似もされません。自ら財を成す才覚にも溢れています。家族への愛情が深く、他者には優しくご自分には厳しい。知識は豊富ですが求められない限りひけらかすことをしない。体調が悪くてもそれを一切悟らせず実直な――」
「……メイジー、もうそのくらいで」
 難癖をつけてきた男性に反論していたメイジーは、頬を赤く染めたテレンスに止められた。
 何故だ。まだまだ語りたいことは山ほどある。テレンスの名誉を守ろうとしただけなのに、当事者であるテレンスは恥ずかしそうに俯き、喧嘩を売ってきた男は引き気味だった。そして向こうのボートに乗る女性も困惑気味の顔をしていた。
 これではメイジーがおかしな暴走をしているみたいではないか。
 短くはない時間、微妙な時間が流れる。
 その間、誰もが気まずげに明後日の方向を見ていた。

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