愛する人は他にいると言った夫が 、私を離してくれません(下)

愛する人は他にいると言った夫が 、私を離してくれません(下)

  • 発売日2023.08.25
  • 価格¥792(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

どうすれば、この気持ちを君に分かってもらえるだろう。

契約結婚なのに、相手のことを心から愛するようになったセラフィーナとメイナード。それぞれの誤解が邪魔をして、互いに本心は伝えられないまま、もどかしくも幸せな日々を過ごしていた。だがある日、セラフィーナが突然倒れてしまう。動揺するメイナードは、そこでセラフィーナの「重大な秘密」を知り、ある決心をするのだが……!? 
美貌の婚外子公爵×鉄の伯爵令嬢、想い合うがゆえにすれ違う、二人の恋の結末は――?

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人物紹介

セラフィーナ

ある目的を叶えるためにメイナードを騙すような形となり心を痛めている。彼を信頼しているからこそ分かってもらいたいと思っているが……。

メイナード

セラフィーナを心から愛するようになり、契約結婚を持ちかけたことを後悔している。くわえて、セラフィーナの秘密を知ったことで選択を迫られ、苦悩することに。

試し読み

「私も葉巻はやりません。若い頃は格好つけのためにやっていたこともあったのですが、セラに『身体に良くない』と口を酸っぱくして言われてやめました」
(セラ……!? セラだと!? それは僕の妻のことか!?)
 自分もまだ愛称で呼んだことがないというのに、この野郎。
 カッと嫉妬の炎が腹の中で燃え上がったが、メイナードはグッと拳を握ってそれに耐えた。さすがにこの嫉妬を表に出すのは子どもじみている。
「さすがセラフィーナだな。我が妻の言うことは正しい。煙を吸うことで肺に支障をきたすと警告している医師もいるそうだ」
 我が妻、のところを強調して言えば、ダンバースはなんとも言えない慈愛に満ちた顔になった。
 なんだその顔は。
「……あなたのような方がセラの結婚相手で安心しました。……こんなことを言っては大変失礼ですが、突然決まった結婚でしたから、相手はどんな方なのかと少し……その……気になっていたのです。申し訳ありません」
 ダンバースの心配はもっともだ。確かに自分たちの結婚は突然だった。しかも醜聞を避けるためのものだということは、社交界に知れ渡っている。自分がセラフィーナの親類だったなら、心配しまくるだろう。
「いや、構わない。その気持ちは十分に理解できるからな……」
「いいえ、ですが、先ほどあなたがあの子を抱え上げるのを見た時、本当に安堵したのです。あなたになら、セラを任せられると……」
 お前はセラフィーナの父親か、とツッコミを入れたくなったが、メイナードは思いとどまった。父親ではないが、この男は、彼女が少女だった頃からセラフィーナを見守り、助けてきたのだ。今一番彼女の親に近い存在と言えるだろう。
「……君にそう言ってもらえるなら、光栄だ」 
 不本意な気持ちがほんの少し残っていたけれど、メイナードはそう答えた。
 するとダンバースはふいに真剣な顔になった。
「セラを……よろしくお願いします。あの子は放っておくとすぐに無理をするのです」
「ああ、それは確かに……」
 妻の行動を思い出して頷こうとしたけれど、続くダンバースの矢継ぎ早な要求にすっかり閉口してしまう。
「疲れやすいのでこまめに休息を取らせるのと、風邪を引きやすいので部屋はなるべく暖かく保つようにしてやってください。寝る時も靴下を履かせてやってくださると安心です。あと、食事は塩分控えめに、一度に量を食べられないので、数回に分けて食べさせてやってください。お願いします」
(父親もどきなどではない……貴様は彼女の乳母もどきだ!)
 お前に言われなくとも、全てきちんとやっている! と怒鳴りたいのを我慢して、メイナードは唸り声で答えた。
「我が妻のことは最善を尽くす。心配無用だ」
 いろいろツッコミどころが満載まんさいすぎる。
 メイナードの声色が怒りを孕んでいることに気づいたのか、ダンバースは口に手を当ててすぐさま謝ってきた。
「も、申し訳ありません。そうですよね……もう彼女は閣下の奥方になられたのに。心配でつい……」
「……いや、君は彼女をずっと見守ってくれていた者だ。心配も当然だろう」
 素直に謝られると、それ以上責める気にはなれない。怒りを抑えて言ったメイナードだったが、次のダンバースの台詞にカッと目を見開いた。
「ああ、本当なら私がセラと結婚できれば良かったのだけれど……」
「なんだと? 貴様今なんと言った?」
 よし、こいつを血祭りに上げよう、と腕に力を込めた瞬間、意外な言葉を聞いて力を抜いた。
「でも私では無理だったのです。私は彼女の叔父ですから」
「……どういうことだ? また従兄弟だと聞いたが」
 驚くメイナードに、ダンバースはため息をつくように笑う。
「私はセラフィーナの父の弟なのです。内密ではありますが、生まれてすぐにダンバース男爵家の養子となったので」
 貴族の家に生まれた男児は、全てが裕福なまま生涯を終えるわけではない。この国では爵位と領地は切り離せないもので、その両方は嫡男に受け継がれる。つまり次男以降の男児には、資産も財産も受け継ぐ資格がないのである。父親が死に兄が爵位を継げば、弟たちはただの人になる。大抵の場合、王都で仕事をする兄に代わり領地を管理する領主代理になったり、カントリーハウスの家令になったり、才能のある者であれば騎士や医師になったりする。
 そして稀ではあるが、子のできない他の貴族の養子になったりする者もいるのだ。
 おそらくグロブナー伯爵家とダンバース男爵家は親戚関係にあるのだろう。領地も隣接しているから、男爵家は何代か前に分かれた伯爵家の傍系である可能性が高い。となれば、伯爵家から養子を、というのはありえる話だろう。
「なるほど……そうだったのか」
 怒りを忘れて納得できたのは、ダンバースとセラフィーナが恋人関係であったわけではないと確信できたからだ。
それにこの国では叔父と姪は結婚できない。
 安堵と満足が入り混じった気持ちになったところで、しかしダンバースが再びとんでもないことを言った。
「ええ。それを知らなかったセラフィーナに、結婚の提案をされたこともあったのですが……事実を話すと、残念がっていました」
「なんだと!? セラフィーナに結婚を申し込まれただと!?」
 今度こそ、撞球室に怒声が響き渡る。
 メイナードのあまりの剣幕に、ダンバースはギョッと目を丸くしてブンブンと頭を振った。
「あっ、いえっ、もちろん建前だけの結婚です! 我々が結婚すれば、面倒なことを回避できるという理由で、あの子は契約結婚を申し込んできたんですよ!」
「――っ」
 契約結婚という言葉に、メイナードの心臓がギクリと音を立てた。
(……つまりセラフィーナにとって、結婚とはそういうものということか……)
 そこには愛だの恋だのは介在しない。
 条件さえ合えば、メイナードでなくとも『契約結婚』ができるのだと突きつけられた気がして、ズンと胃の底が重くなった。
(……だが、僕も同じだったはずだ)
『レースの天使』以外なら誰だって同じだったから、『契約』を提示した。やっていることはセラフィーナと何も変わらない。むしろ特定の相手を持っている自分のほうが罪深い。
(それなのに、どうしてこれほど胸が痛むんだ……)
 理由は簡単だ。メイナードが彼女に愛してもらいたいから。
 彼女を愛しているからだ。
(……セラフィーナが僕を愛しているわけでないことは分かっている。だから、努力するのだと決めただろう。彼女が他に愛する者を見つける気が起きないくらい、僕の傍が一番居心地が良いと思ってもらえるように)
 そしてできれば、自分を愛してくれるように……。

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