閣下がお探しの令嬢は私ですが、見つかるわけにはいきません!

閣下がお探しの令嬢は私ですが、見つかるわけにはいきません!

  • 発売日2023.07.14
  • 価格¥836(税込)

※価格や発売日はストアによって異なります。

逃げたければ逃げればいい……
だが、必ず捕まえてみせる。

とある理由から、髪色を変えて素性を偽り、目立たぬように生活をしているキャスリーン。だが最近、上官である将軍ヴィルフリートから、「恩人を探してほしい」と依頼され、頭を悩ませていた。その恩人は、先の戦争で、たちの悪い媚薬を盛られて朦朧としていた彼に、己の身を差し出し救った令嬢だ。当事者しか知らない秘密をなぜキャスリーンが知っているのか。それは、その恩人こそ、素性を偽る前のキャスリーンだったからだ! 誠実で優しいヴィルフリートを密かに慕うキャスリーンだが、どうしても素性を明かせない事情があって……。

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人物紹介

キャスリーン(アゼリア)

髪の色を変え、名前もアゼリアと偽り、地味な格好をしてひっそり暮らしている。様々な事情から、自分がヴィルフリートの恩人であることを言い出せずにいる。

ヴィルフリート

将軍であり、先の戦争の英雄。公爵でもある。キャスリーンに恩人の令嬢探しを依頼するが、果たしてその真意は……? 

試し読み

 ――閣下。もしも探している令嬢は自分ですって告白したら、あなたはどういう反応を示すでしょうか。嬉しいと思ってくれますか? 探していた女性が部下だったと知って戸惑う? それとも、嘘だと思って私を軽蔑するでしょうか?
「……その答えを知る機会なんてないのに」
 自分の人生を歩むためには、キャスリーンは決して、ヴィルフリートの探している令嬢であることを知られるわけにはいかないのだから。
 ――閣下の恩人はもういないのです。あなたは二度と彼女と会うことはないでしょう。
 そんなことを考えていたせいだろうか。扉が開いて人が近づいてきたことにキャスリーンは気づかなかった。
「……アゼリア?」
 聞き慣れた――まさしく今頭の中で想っていた人物の声を聞いて、キャスリーンは飛び上がらんばかりに驚いた。
「え⁉」
 慌てて振り返ると、キャスリーンのすぐ後ろにヴィルフリートの姿があった。
「か、か、閣下? どうしてここに⁉」
「人と話すのに疲れたから、休もうと思ってこのテラスに逃げてきたんだ。先客がいるとは思わなかったが、アゼリアで助かった」
「そ、そうですか。皆さんに囲まれていましたものね、閣下は」
 ドギマギしながらも、できるだけ平静を装って会話をする。
「軍の関係者だから無視するわけにもいかなくてな。……まぁ、軍にまったく無関係の者もいたが、あまりにしつこいから振り切ってきた」
 ――それはもしかしてメリージェーンのことかしら? ……きっとそうね。
 メリージェーンには申し訳ないが、振り切ってきたと聞いて、キャスリーンはほんの少し安堵していた。
「わ、私もこういうパーティは初めてだったので、一息つくためにテラスに出てきたんです」
「アゼリアはこういう席ははじめてだったか。パーティはどうだ? 楽しめているか?」
「は、はい。王宮に入るのも初めてだったので、豪華さに圧倒されてしまって。場違いな気がして気おくれしてしまいますね」
「こういうのは慣れもあるからな。まぁ、俺はいつまで経っても慣れないが……」
 ヴィルフリートは苦笑を浮かべた後、不意に何かを思い出すようにキャスリーンを見下ろした。
「そうだ。こういう席では女性を褒めなければならないんだったな。アゼリア、そのドレス、とても似合っているぞ」
「っ……!」
 突然の褒め言葉に、キャスリーンの顔にかぁっと血が上った。
「あ、あ、あ、ありがとう、ございます?」
 真っ赤になってしどろもどろになってしまうキャスリーンを見るヴィルフリートは、いつものしかめっ面ではなくて、ほんの少し微笑んでさえいた。
「無理やり褒めているわけじゃないぞ。赤いドレスも君にとても似合っている。いつものストイックな服装の君もいいがな」
「ほほほ、褒め過ぎです、閣下っ」
 ――一体何なの、どうしちゃったんですか、閣下!
 今まで仕事ぶりや能力を褒められたことはあっても容姿のことを言われたことはなかったのに。 
 ――お、落ち着け、私! これはお世辞なんだから! 閣下は顔見知りと会ったから、お世辞で褒めているだけよ!
「わ、私ごときにお世辞は言わなくていいんですよっ?」
「お世辞じゃないさ。本気でそう思っている。いつもの俺の立場だと仕事中に仕事以外のことを褒めるのもよくないからな。でも、今は仕事中ではないから問題ない。俺は君の仕事ぶりも、公私をきちんと分ける真面目さや慎重さも、今の着飾った姿も好ましいと思っている」
「っ、あ、ありがとう、ございます」
 ドクンドクンと、耳の奥で鼓動が鳴り響く。音はますます大きく速くなり、今にも弾けそうだ。
 ――好ましく思っている? どういう意味?
 恥ずかしさと嬉しさと困惑で、頭の中が真っ白になった。好ましく思うの言葉の真意がよく分からなかった。ただ、好意的に見てもらっていることだけは理解できる。
 ――あ、もしかして、部下として好ましい、信頼しているという意味? そ、そうよね。そういう意味よね!
 納得した。恩人の令嬢が目の前のキャスリーンであることを知らないヴィルフリートにとって、自分はあくまで部下でしかないのだから。そういう意味に決まっているではないか。
 ――私ったら、自意識過剰ね。初めてのパーティで、普段は容姿のことに触れない上司から褒められたからって舞い上がってしまうなんて。
 内心自嘲しながら、キャスリーンはヴィルフリートを見上げて微笑んだ。
「私も、閣下のことをとても尊敬しています!」
「…………」
 ヴィルフリートは虚を衝かれたような表情をした後、苦笑いを浮かべた。
「そうきたか。……だが、今はまだそれでいい」
 後半は小さな声で、何と言っているのかキャスリーンは分からなかった。
 そこで不意に、何かに気づいたように、ヴィルフリートが背後にある大広間とテラスを隔てるガラス窓にちらりと視線を向けた。
「……ワルツが始まったみたいだな」
 その言葉に改めて耳をすませば、有名なワルツの音楽が窓を通してテラスまで流れてきていることに気づく。すると、何を思ったのかヴィルフリートはキャスリーンの前に手を差し出した。
「踊っていただけますか、アゼリア」