
あの日助けた亀に求婚されました!? ~勘違い没落令嬢は一途な伯爵に溺愛される~
- 発売日2026.07.31
- 価格¥792(税込)
※価格や発売日はストアによって異なります。
貴女にフラれては死ぬしかありません。
没落令嬢のアイナは、ある日突然、名門伯爵家の当主エイナルから求婚される。何か裏があるのではと疑うアイナに、彼は「僕はあの時の亀です」と告げてきた。幼い頃に助けた亀が人間に化けて恩返しに来たのだと思い込んだアイナは、鬼気迫る彼の勢いに押されるまま結婚を決意。そうして迎えた初夜、彼が亀である証拠(?)を目の当たりにしてしまい――!? 一方エイナルは、かつて自分を救ってくれた初恋の少女との結婚に幸せいっぱい。愛する妻を離すまいと一心に愛を注ぐが、アイナは「亀を好きになってしまった」とひとり真剣に悩み始め……!?
思い込みの激しい新妻と一途すぎる旦那様の、勘違いから始まる溺愛新婚ラブコメディ!
人物紹介

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アイナ
亡き父の借金を抱え途方に暮れていたところ、エイナルに求婚される。彼から「命の恩人だ」と言われるが、思い当たるのは、ひっくり返っていた亀を助けたことくらいなので、エイナルを亀だと思っている。

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エイナル
少年時代に自分を救ってくれたアイナと結婚するために生きてきた。アイナの言動に微妙な違和感はあるものの、新婚生活が幸せなので深く考えないことにした様子。
試し読み
「エイナル様、私が亀を助けたのは確かですが、それが貴方と関係しますか?」
「本当に分かりませんか? よく僕を見てください。何か思い出すことがないでしょうか」
真剣に訴えかけられても、こんな尋常ではない美形と過去に出会っていたなら、特に面食いではないアイナとて忘れないと思う。
だが人外じみた美貌を真正面から直視しても、こちらの記憶に引っ掛かるものはなかった。
「失礼ですが、どなたかと勘違いなさっていませんか? もしくはもっとヒントをください」
でないとこちらとしても己の人生を預けるのを躊躇う。
不審者か詐欺師の可能性を捨てきれないのだ。
――だって、こんな私を娶って、エイナル様にいったいどんな得があるの? ないわよ。それこそ私が命の恩人でもなきゃ、正気じゃないでしょう。
自分で考えて悲しくなるが、それが真実である。
彼が本物のシェルクヴィスト伯爵だと仮定し、これほど整った容姿を持つ独身男性なら、伴侶候補など引く手あまただ。
それこそ列をなして『我こそは!』と立候補してくる女性が押し寄せるのではないか。
多少懐事情が芳しくなかったとしても、『シェルクヴィスト伯爵家』の看板は魅力的。
ランデル子爵家とはわけが違い、借金をひっくるめても非常に価値が高いに決まっていた。
「……そもそも貴方がシェルクヴィスト伯爵というのは本当ですか?」
「僕を疑っているのですか?」
「あ、ぇ、……はい。偽者の可能性も捨てきれません。でないと諸々不自然なので」
無礼千万だが、警戒するに越したことはない。
アイナは『現在のシェルクヴィスト伯爵』と面識がないのだ。それは社交界を離れて久しい母も同様だろう。先ほどチラッと『爵位を継いだばかり』と耳にしたのを思い出した。
つまり、男の言葉が虚偽か真実か推し量れない。
「危機管理能力が高いのは良いことだと思います。アイナ嬢がしっかり者だから、ランデル子爵家は今日まで持ちこたえることができたのでしょう」
「え……」
褒められたのだろうか。だとしたら少々嬉しい。
自分の頑張りは水面下のもので、誰にも評価されたことがなかった。
それを優しく掬い上げてもらえた心地がして、アイナの頬が一瞬緩んだ。
「証明はこれで如何でしょうか」
エイナルが見事な細工が施された懐中時計を取り出す。黄金に宝石があしらわれた品は、誰が見ても最高級品。
しかも裏側には王家からの下賜品である印とシェルクヴィスト伯爵家の紋章が刻まれていた。
「……っ」
通常なら家宝として屋敷の奥深くで厳重にしまっておくような品物だ。
それを日常使いしている辺りに、こういった財物をいくらでも持っているのが窺えた。当然、没落して困窮しているとは考えられない。
――つまり、この方は本物のシェルクヴィスト伯爵なのだわ……!
しかしそうなると、余計にアイナは困惑せざるを得なかった。
こんな高位貴族が何故自分に求婚を、という疑問が一層大きくなるのである。
――いったいどうなっているの。白昼夢でも見ているのかしら。何をどう考えても、奇妙な展開になっているってことじゃない。
「申し上げにくいのですが、やはり私をどなたかと勘違いしているとしか考えられません」
自分に彼との接点はない。散々記憶を掘り返し、アイナが出した結論がこれだった。
「先ほどヒントをくれとおっしゃいましたね。では――鈍亀、の言葉に覚えは?」
「……亀は基本鈍い動きをするものですよね。そこも愛らしい特徴です」
「アイナ嬢は今でも亀がお好きですか?」
「ええ。生き物は大抵好きです。我が家は動物を飼育できる状況にないので飼うことはできませんが、いつかは亀とも暮らしてみたいですね。……ぁ、鈍亀……何か昔その言葉を耳にしたような気が……」
記憶がちらつき、アイナはその残滓を掴もうとして失敗した。
何かが引っかかってはいるのだが、あと少し手繰り寄せられない。強引に思い出そうとしても、既視感はあえなく霧散してしまった。
「……いえ、私の気のせいだったみたいです。もしくは忘れてしまうくらいの小さな思い出だったのでしょう。あのぅ、エイナル様。こんなことを申し上げては失礼だと承知していますが、この縁談は貴方に何も利益がなくて嘘っぽいのです。考えてもみてください。逆の立場であればそちらも警戒しませんか? それこそ私が命の恩人なのが真実でもない限り、到底信じられませんよ。揶揄っているのなら、おやめください」
アイナがその気になった途端、全てご破算にされては傷が深くなる。
高位貴族には貧乏令嬢を弄び、傷物にした上で悪びれもせず捨てる極悪人がいるという話を聞いたこともある。
ただでさえ生きるのにギリギリなアイナには、そんな人道に悖る遊びに付き合っている暇はないのだ。
「我が家としてはありがたい縁談ですが、信じられないのが本音です。そして私には、茶番に付き合っている余力がありません。こうしている間にも進退窮まっているのです。田舎娘を揶揄って遊びたいのであれば、他を当たっていただけませんか?」
ピシャリと言い放ち、数秒沈黙が訪れた。
立ち止まった彼がじっとこちらを見つめてくる。
青い瞳は麗しく、吸い込まれそうな光を湛えていた。
木漏れ日がエイナルを照らし、そんな場合ではないのに、目を奪われそうになる。光がチラチラと揺れる様は、彼を一層美しく彩った。
「……貴女の言いたいことはよく分かりました。でしたら、僕が真実アイナ嬢に命を助けられていれば、納得していただけるのですね」
「へ?」
意図したのとは違う反応を返され、アイナは忙しく瞬いた。
自分としては、円やかに『一昨日来やがれ』と告げたつもりだ。できる限り上品に、無礼と取られない瀬戸際を攻め、エイナルを牽制したはずだった。
それなのにどうもおかしな方向へ舵が切られている。
しかも射抜く勢いで彼に凝視され、アイナはエイナルの圧に負けて頷いていた。
「ま、まぁ……私が承服できる理由があれば、受け入れられなくもない……かも?」
「確かに僕が性急だったのは認めます。急く思いに駆られ、アイナ嬢の気持ちまで斟酌できませんでした。そこは反省します」
「わ、分かってくだされば結構です。ではこのお話はなかったことに――」
「僕はあの時の亀です」


